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卵生メダカ飼育ガイド
著 岡田 暁生

スワローキリー

グッピーやプラティが仔魚を産む胎生(厳密には卵胎生)メダカであるのに対して、卵生メダカは文字通り「卵を生むメダカ」である。街の熱帯魚ショップに並ぶ機会が少ないため一般のなじみが薄いが、どの種類も息を飲むような華麗な色彩をしている。ベスト・コンディションの卵生メダカの美しさを前にしては、他のどんな美麗熱帯魚も影が薄くなってしまうほどだ。「卵生メダカは難しい」と思っている人は多いが、一度コツさえ覚えれば意外なほど飼育も繁殖も日本のメダカ並に簡単だと言っても過言ではない。是非一度チャレンジしてみてほしい。

1.種類の説明

1-1 卵生メダカの三大ジャンル

卵生メダカには大まかに言って、西アフリカのジャングル(カメルーン、ガボン、コンゴなど)に住む アフィオセミオンの仲間、東アフリカのサバンナ(タンザニア、ケニア、モザンビークなど)に住む ノソブランキウスの仲間、南米(ブラジルやアルゼンチン)のサバンナ(パンパ)に住むシノレビアスの仲間がいる。

ノソブランキウスの生息地 (タンザニア)
ノソブランキウスの生息地 (タンザニア)
ノソブランキウス コウソサエ
ノソブランキウス・aff・コーサウエ
korthausae Kwachepa TZL53/01
左の池で採集された

普通「卵生メダカ」と言ったときに指すのは、主としてこの三つのグループであり、いずれも 普通の熱帯魚とはやや(かなり)違った生態をもつ。このガイドでは主としてこの三つのグループを中心に、 飼育法を説明していこう。
なお南米に住むリヴルスの仲間の生態および飼育法は、原則的にアフィオセミオンに 準じる。


シミリス ボンベ
シミリスボンベ

他にエピフラティスの仲間、東南アジアに住むオリジアスの仲間、アフリカに住むプロカトーパスの仲間ランプアイの仲間がいるが、これらは通常の熱帯魚、あるいは日本のメダカの感覚で飼育繁殖が出来る。


1-2 年魚と非年魚

まず卵生メダカには「年魚」と「非年魚」がいることを覚えておいてほしい。
簡単に言えば「年魚」とは寿命が半年から一年にも満たない魚、「非年魚」とは大切に飼えば数年生きる魚である。 そして「年魚」の繁殖には、卵をいったん乾かしてから水に漬けるというテクニックが必要なのに対して、 「非年魚」は普通の熱帯魚のように水の中で繁殖が出来る。ノソブランキウスとシノレビアスは「年魚」、 アフィオセミオンは「非年魚」、このことをまず覚えておこう。

ノソブランキウスおよびシノレビアスの仲間が住むのは、一年の間に雨季と乾季が 交代するサバンナ(草原)である。彼らの生態は日本のミジンコのようなものだ。雨が降って水溜りが出来ると、 土の中にあった卵が孵り、瞬く間に成長し、土の中に卵を生み、やがて乾季が来て池が干上がると親は死に、 土の中に産みつけられた卵は次の雨季が来るのを、わずかな湿り気を残すのみの乾いた池の底の土の中で、辛抱強く待つのである。

こうした年魚の寿命が短く、また繁殖には卵を乾燥させなければならない理由をお分かり頂けただろうか。 それに対してアフィオセミオンの仲間は、ほぼ年中水のある、ジャングルの細い小川に住んでいる。 だから彼らの繁殖には卵の乾燥の必要はないし、彼らは一年以上生きるのである。


ノソブランキウスの生息地(タンザニア)乾季がくるとこんな池もカラカラに干上がってしまう
1-3 生息環境と飼育パターン

アフィオセミオン、ノソブランキウス、シノレビアスの生息環境はまったく異なり、 従って飼育パターンにも相当な違いがある。卵生メダカの面白さの一つは、飼育者のメンタリティーや 生活パターンによって、はっきりと「相性」が出ることだ。例えばノソブランキウスが好きで何度も チャレンジしては失敗ばかりしているにもかかわらず、シノレビアスは相当な難種でも簡単に繁殖させてしまう人もいる。
ノソブランキウスやシノレビアスの初級種すら満足に飼育できないのに、アフィオセミオンの 最高峰ディアプテロンの仲間をどんどん増やす人もいる。これらは「飼育技術」というより、 自分の性格や生活パターンと魚との「相性」の結果なのである。

アフィオセミオン ストレイタム
アフィオセミオン ストレイタム

a) アフィオセミオンは西アフリカの熱帯雨林の水源近い小川に住む。 落ち葉がうずたかく積もり、水深20センチにも満たないような澄んだ川である。
彼らの多くはゴリラやゴライアスオオハナムグリが住むような高地(時として標高千メートル以上)にいる。 アフィオの多くが熱帯魚とは思えないほど低水温を好むのはこのせいだ。種類によってはイワナを飼うくらいのつもりの方がいい。長生きで、飼い込めば飼いこむほど、渋い妖艶な色彩を披露してくれるのがアフィオである。

つまりアフィオは、夏場でも低温を維持できる環境(例えば温室など)をもっていて、かつ購入した個体をじっくり飼い込むことが好きな、気長な人(ずぼらと言ってもいい)に向いていると言えるだろう。夏場の高温を避けることさえ出来れば、アフィオセミオンは非常に長く生きるので、繁殖のチャンスも長い。

b) ノソブランキウスが住むのは東アフリカのサバンナの草原だ。乾季と雨季が交代する過酷な環境である。彼らは乾季を乾いた土の中で卵の状態でやり過ごし、雨季になると稚魚が孵化する。 ノソが住むのは野生動物の水飲み場になるような水溜りで、水中に象のフンがごろごろ浮いていたりするらしい。 太陽光をさえぎる木もほとんど生えていない場所なので、当然水温は上がる。


ノソブランキウス・ラコビーベイラ

アフィオと違ってノソは高温好きだ。
また、いつ乾季が来るか分からないような環境に住んでいるため、成長は非常に早く、一ヶ月で産卵が始まる。 そして寿命は短い。ノソは「生き急ぐ」魚でもある。ノソブランキウスは普通の熱帯魚と相当に感覚が違う。 一匹の個体を長く飼おうと思ってはだめ。「個体」を飼うのではなく、「種」を飼うのだ。
綺麗な時期も一ヶ月ほどと、ごく短い。ノソの飼育は、例えば蝶の累代飼育をするような感覚に近い。
またノソは新しい水を好み、頻繁な水換えが必要。つまりノソに向いているのは、まめに世話が出来、かつ派手好みな人となるだろうか。夏場の高温がハンディにならないので、クーラーのきいた温室がもてないけれど、世話はしっかり出来る人に向いているとも言えよう。

c) シノレビアスの仲間が住んでいるのはアルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルあたり。
乾季がくると干上がって牛が放牧され、雨季になるとあたり一面が洪水で何十キロ周囲も水びたしに なってしまうような地帯である。
ブエノスアイレスのような温帯地域にも住んでおり、温度に対する適応範囲はアフィオセミオンやノソブランキウスに比べてかなり広い。
またノソほど短命ではなく、一年半くらい生きるものも多い。ノソに比べて成魚の飼育は容易だが、 種類によっては、産卵数が少ない、大量のベリースライダー(浮き袋が正常に発達しないせいで、水中に浮くことが出来ずに、腹を水槽の底にこすったまま泳ぐことしか出来ない奇形)が出るなど、繁殖は少しクセがある。

シノレビアス フルミナンテス
シンプソニクティス フルミナンテス

最近、毎年のようにブラジルで美麗シノレビアスが次々に発見され、卵目愛好家の間ではシノレビ・ブームになっている。ノソと違って水底に深く潜って産卵するのがシノレビの特徴だ。飼育の感覚としては、アフィオとノソのちょうど中間あたりだろうか。
ノソほど夏場の高温に強いわけではないが、アフィオのようにクーラーが必須というわけでもない。 アフィオのように気長に繁殖チャンスが狙えるわけではないが、ノソのように寿命が短く、 繁殖についても「短期間一発勝負」というきわどさはない。

| 2.卵生メダカの特異さ