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卵生メダカ飼育ガイド
著 岡田 暁生

2 卵生メダカの特異さ

一般に卵生メダカを難しいと思っている人は多い。実はコツさえつかめば、上にも述べたように、飼育繁殖は日本のメダカ並に簡単、おまけに最初の設備投資さえしてしまえばほとんど金もかからないのが卵生メダカなのだが、このコツがなかなか言葉にするのが難しい。いつくかポイントを挙げてみよう。

2-1 自家繁殖ではない魚は自分の魚ではない

生まれたばかりの小さな稚魚たち

卵生メダカの面白さは、繁殖してみて初めて分かるということである。一般に卵生メダカの愛好家の間では、「ああ、あの種類、もってます」というとき、それは自分のところで累代繁殖させている種類のことを指す。ショップで購入して自分の水槽で泳がせている魚を「あの魚もっています」などと言えば、やや(かなり)ひんしゅくものである。
F1になって初めて「自分の魚」と言える、これが卵生メダカだ。それに卵生メダカは総じて寿命が短く、自分の家で繁殖させなければ、せっかく高価な魚を購入しても数ヶ月で死んでしまうのである。
※F1:自宅で繁殖した最初の世代のこと。2代めになれば「F2」となる。

2-2 購入した親は捨て駒

これとも関係するが、卵生メダカの場合、購入したペアはあくまで累代繁殖のための「捨て駒」だと思わなければならない(特に年魚の場合)。卵生メダカは、せっかく高いお金を出して購入したにもかかわらず、一週間で死んでしまうということがよくある。だが、この一週間の間に数回産卵してくれて、ピートの中に卵が残っていたとしたら?


ピートに生みつけられた1mmほどの卵

ここから数ヵ月後には数十匹の稚魚が生まれてくるということも、ありえないことではないのだ。「個体」が死んでも「種」は残り繁栄する − この神秘を実感できるのが卵生メダカだ。買ってきた親を一週間で死なせてしまっても、卵がとれて、累代繁殖が出来れば万々歳。
しかし買ってきた親を1年近く生かせたにもかかわらず、全然卵がとれなければ、落胆の極み − これが卵生メダカの飼育である。このあたりの感覚は、普通の熱帯魚よりも、クワガタなど昆虫の飼育に似ていると言ってもいいだろう。

2-3 水質の「数値」はどうでもいい

卵生メダカの初心者が悩まされるのが「水」だ。簡単に言えば、ほとんどの卵生メダカは、よほど極端な水質でない限り十分に飼える。「難種=PHやGHにウルサイ」というイメージがあるが、海外には、本来GHが0近い水に住んでいる難種ブアルナムの仲間を、GH8近い水で繁殖させている人もいる。GHが15という信じられないような高い硬度の水で、シノレビアス系の難種ギゾルフィを繁殖させている人もいる。

あるいは逆に、ROの水(フィルターで水中の含有物質をすべて取り除いた純水)をそのまま注いですべての魚を飼っている人もいる。当然PHは非常に不安定になるが、PHが3.5に下がってしまっても、例えばロロフィアは至極元気で、いくらでも繁殖するとのこと。
要するに日本のメダカと同じで、水質に対する適応能力が破格に広いのが、卵生メダカである。よく雑誌等に「この魚はPHは6〜6.5、この魚はPHは6.2〜7」などと載っているが、こうした数値に一喜一憂するのはまったくナンセンスである。

2.4:水質変化の問題

だが卵生メダカが水質に鈍感な魚だと思ってはいけない。卵生メダカは、自分が育った水であるなら、それが相当偏った硬度やPHであっても、至極元気にしてくれる。だが、水の汚染、そして育った水ではない水に移動されることを極度に嫌う。このあたり、「環境が一定である」限りはまったく丈夫だが、「環境が変化する」と途端に数を減らしてしまう日本のメダカと、まったく事情は同じである。

オーストロレビアス・ニグリピニス
オーストロレビアス・ニグリピニス

もう少し説明しよう。「水の汚染」については言うまでもないだろう。それより初心者にとって難物なのは、「環境の変化」である。例えば私は京都市A区に住んでいる。A区の同じ水源で育てられたノソブランキウス・ラコビーをもらってきたとしよう。ろくに水あわせもせずとも、恐らく何の問題もなく飼育できるだろう。だが、例えば別の水源から水道を引いてきているB区の水で育った初級魚ノソブランキウス・フォーシャイをもらったとしよう。向こうの水質とこちらの水質は、「数値」は似ているとしよう。だが「数値」にあらわれない微妙な水の「質」は相当に違うはず。水あわせは、たとえ初級魚だとしても、相当に慎重にしなくてはならない。場合によっては、恐ろしく慎重に水合わせしても、落ちてしまうかもしれない。

別の例。例えば関東の人からオーストロレビアス・ニグリピニスをもらったとしよう。向こうの人は随分ずぼらで、水質はあまりよくない。こちらの方がずっと新鮮で綺麗な水のはず。しかし油断は禁物だ。
「あまりよくない古い水」でなれた魚は、新鮮な水に拒絶反応を示したりする。場合によっては、こちらの水の方が断然綺麗であるにもかかわらず、まさにそれが理由で、もらった魚が落ちたりするかもしれない。卵生メダカが難しいと思われてしまう大きな理由の一つが、この「環境変化に対する弱さ」である。

2.5:綺麗な水とは何?

初心者のうち非常に戸惑うことが多いのが、「一体卵生メダカの好む水って何?」という問題だ。上にも述べたように、たとえ何の問題もない水であっても、卵生メダカの場合、「育った水と微妙に質が違う」というだけで頓死したりしやすい。卵から育てた場合、こうした環境変化の問題は大幅に解消されるのだが、残念ながら、初心者は成魚をもらってくることが多い。そのため、実は自分の水には何の問題もないにもかかわらず、せっかく購入した成魚を死なせ、自分の水がよくないのではないかと疑心暗鬼になって水をいじくりまわし、ますますペースを悪くするということが起きやすい。


メダカの生息する池

銘記しておいてほしいのは、状態のいい水草水槽(特にアクアソイル系を使ったもの)の水であれば、どんな卵生メダカにも基本的に何の問題もないということである。もっと理想を言えば、卵生メダカが好むのは、パワーフィルターをつけた水草水槽よりも、さらに自然の状態に近い水だ。

例えばリシアが自生しているような里山のきれいな小川の水。あるいは庭に放置したバケツに枯葉や雨水がいつのまにかたまって、コケひとつ出ずに澄み切っている水。これらが卵生メダカにとっての理想の水であり、実際彼らはこうした環境に住んでいるのである。PHやGHといった「数値」よりも、こうした「水の色」の方が卵生メダカにとっては圧倒的に重要である。

ただし、こうした万全の水を用意していても、とりわけ成魚で導入した場合、環境が違うというだけの理由で卵生メダカが落ちたりすることはある。大切なことは、こうしたことが起きたときに、中途半端に自信喪失しないことだ。とりわけアピストやワイルド・ベタやディスカスの飼育経験のある人なら、自分の水の状態に万全の自信をもっていい。購入した卵生メダカが万が一落ちたとしても、それは自分の水の質のせいでなかったことは、まず請け合いである。

いずれにせよ、よほどの難種でない限り、日本のほとんどの土地の水で卵目は飼える。後で述べるように、最初の導入さえ慎重にやれば、卵目はたいがいの水質に慣れてくれるし、慣れれば非常に丈夫である。ベストは弱酸性の軟水(ノソブランキウスはアルカリがよいと書いてあることもあるが、特別に考える必要はない)だが、水道水がPH6から7.5、GHが5以下なら大丈夫。ピートや薬品で無理に硬度やPHを落としたりしないほうがいい。ちょっとした水質数値の違いに一喜一憂する必要はまったくない。

2.6:ショップ購入の問題点
シンプソニクティス・マグニフィカス
シンプソニクティス・ピクトラータス

上に述べたような環境変化に対するデリケートさの故に、卵生メダカは商業ベースに非常にのりにくい魚である。問屋での詰め込み飼育、輸送の際の薬品、ショップでの大雑把な水あわせ − こうしたものこそ、卵生メダカにとって最も重大なダメージを与えるのだ。
これらについて心配りさえしてやれば、本当に卵生メダカは丈夫な魚なのだが・・・。というわけで、上に述べたような卵生メダカの特性をあまり理解していないショップに置いてある魚は、総じてかなりコンディションが悪く、とてもではないが、初心者が購入してうまく飼育できるような状態にはないと思った方がいい。

特に輸入もの(ワイルドもの)は絶対に避けなければならない。こうしたものに手を出せるのは、相当に年季の入ったベテランだけであり、彼らにとっても輸入もの(ワイルドもの)の購入はかなりのバクチなのだ。
また自家繁殖しているショップの場合でも、例えば大量繁殖させるために有形無形の負荷(成長を早めるための高温飼育と大量の餌と詰め込み育成など)が魚にかかっていたり、あるいは水質にかなりクセがあったり(過剰に新しい水を使っていたり、古い水を使っていたり等)と、問題は決して小さくはない。例えばショップで購入する場合、次のような問題が頻繁に起きがちである。つまりショップは大量繁殖させるために、非常に丹念に魚をケアしている(例えば毎日水換えすること等)。このように育てられた魚を購入しても、毎日水を換えるなど、素人ではまず不可能だ。こんな小さな理由一つでコンディションを崩すのが卵生メダカである。ショップから購入する場合はこうした事情も十分あらかじめ含んでおこう。余計なトラブルを避けるためにも。もしショップから購入した魚がすぐに頓死したとしても、それは決して「不良品」を売ったりしているからではないのだ。プロから購入する場合は、くれぐれも「プロの育て方」と「アマチュアに出来ること」の落差を予め理解しておいた方がよい。

もし近所に卵目をやっているアマチュアが住んでいて、そこで増えた魚をもらうことが出来れば、それはとてもラッキーである。近所に住んでいる人だと、まず水質が似ている。これは卵生メダカの場合、計り知れないアドバンテージだ。また素人だと、プロ・ブリーダーのように、過剰な世話をしていない。これまた初心者には有利だ。過保護で育った卵生メダカくらいやっかいなものはないのである。


アマチュアブリーダーの温室
それに初心者の場合は、購入してすぐにオスかメスのどちらかを落とすということも起きがちである。プロ・ブリーダーの場合は、オスかメスの単独では売ってくれないということもありがちだし、売ってくれたとしても高いお金を払わねばならない。しかし相手が優秀なアマチュアだと、「メスが落ちた」と言えば、自分のところに余剰があれば、すぐにメスだけくれたりするだろう。
ただしアマチュアのブリーダーにとって、自分のところで育てた魚は手に塩をかけて育てた愛娘のようなものである。ショップから購入した場合よりはるかに大切にしてあげてほしい。また、相手からもらった魚がどうなったかを定期的に報告することも忘れないように。よほど気心が知れた相手ならともかく、知り合ったばかりの相手に「魚をもらいっぱなし」は絶対にしてはならない。

あるいは「このあいだもらった魚のオスが落ちたのでまたもらえますか?」といった、「もらって当たり前」的な印象を相手に与えることも絶対に禁物。この最低限のルールを絶対に守ることが、アマチュア間のつきあいの基本である。
卵目の世界でトラブルが起きるときは大概がこうした「人間関係の基本ルール」をめぐるそごであり、逆に言えば、こうした人間関係で気持ちよくつきあえる友達を得られるのが卵目飼育のもう一つの醍醐味でもある。このことはどれだけ強調してもしすぎではない。

2.7:「古水・止水・ミニケース神話」

卵生メダカと言えば「ほとんど水換えをせず、フィルターもなしで、小さな水槽で飼育する」というイメージが強い。これまた卵生メダカを不必要に「難しい魚」と思わせる原因になっているような気がする。確かに卵生メダカの大半は、10リットルにも満たないケース(場合によっては1リットルほど)で、フィルターもエアレーションもなく、水換えは3週間に一度しか行わずとも、飼うことは出来る。特にアフィオセミオン類はそうだ(新水を好むノソブランキウスは水換えを10日以上怠れば確実に死ぬが、3日に一度水換えをしていれば、5リットルほどの止水ケースでも飼うことは可能だろう)。

だが「古い水でエアレーションもなしに5リットルケースで飼える」からと言って、「そちらの方がいい」とか「そうやって飼わなければならない」ということにはならない。当たり前のことだが、やはり適度に水を新鮮にし、十分にフィルターを効かせ、たっぷりした水量で飼った方がいいのである。例えば60リットル水槽で、フィルターを十分に機能させ、1週間に一度三分の一の水を換えていれば、そして後で述べる適切な水温条件さえクリアすれば、繁殖しない卵生メダカはまずいない。

初心者でもかなり上級の魚を飼育繁殖できるはずだ。初心者でいきなりアフィオセミオンの札付きの最難魚ジョーゲンシェーリの飼育にトライして、60センチ水槽で単独飼いし、パワーフィルターとクーラーをつけて夏をやりすごし、見事に繁殖させてしまった人もいるくらいである。要するに、小さなケースでフィルターなしで飼育したりする人がいるのは、単に「それでも飼えるから」、そして卵生メダカはコレクション性が高いので「出来るだけ多くの種類をキープしたいから」というだけの理由なのである。「そちらの方がいい」わけでは断じてない。


種水水槽の例。パワーフィルタをつけたベアタンクにメタハラ照明を 当て、リシアを浮かせ、ミクロソリウムなどを茂らせて、ヤマトヌマエビ数匹を入れている。

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