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著 岡田 暁生

9:アフィオセミオンの繁殖について

既に述べたように、卵生メダカの最大の醍醐味が「繁殖」である。 ここではまず非年魚(リヴルスもアフィオセミオンとまったく同じやり方で殖える)の繁殖法を述べていく。

9.1:「産むまで待とう、アフィオセミオン」

アフィオのベテラン曰く「ペアを健康に1年飼うことが出来て、水温が適正なら、どんなアフィオセミオンでも絶対に増える」。 そして「アフィオセミオンは稚魚を殖やすものではなく、勝手に殖えるのを待つもの」。 繁殖期間が短いノソブランキウスやシノレビアスといった年魚と比べ、アフィオセミオンは1年以上にわたって卵を生んでくれる。アフィオの繁殖のコツは、「とにかく気長に」だ。 あまりイライラ「何とか産ませよう」としていじったりせず、親を気長に飼い込むことが、アフィオ繁殖の最短距離である。

Fundulopanchax scheeli

一般的に言って、飼育するだけならアフィオセミオンは年魚の難種に比べて容易だし、言うまでもなく寿命も長い(ただしカメロネンセやジョーゲンシェーリはハネローエやディアプテロンといった上級種の場合は保証の限りではないが)。丁寧に飼えば3年以上生きる。そして長生きさせさえすれば、十分に繁殖のチャンスがある。「とにかく種親を健全に長生きさせる」 − これがアフィオ繁殖の鍵だ。導入したアフィオセミオンを繁殖前に死なせてしまう主な理由は、次の三つのイージーミスだ。このアフィオセミオンを落とす原因の「御三家」は 1)オスによるメスのつつき殺し 2)夏場の高温 3)飛び出し である。何度も言うが、アフィオの飼育は(たとえ初級種でも)クーラーがないときつい。

Aphyosemion cameronense

そして蓋は絶対にぴったり閉めること。そしてオスがメスをいじめている痕跡があれば、即刻隔離。メスは餌を食べられず、従って抱卵もせず、ますますオスにいじめられるということが起こる。45センチくらいの水槽(これくらいのサイズならフィルターも不要)に、アヌビアスやミクロソリウムなどを活着させた流木で色々物陰を作り、照明を暗くし、木の葉などを入れてピート水にし、水面にも浮き草などをしげらせて、いかにも現地の生息地のような環境を再現して、生き餌をたっぷり与えれば、そのうち自然に稚魚が浮いてくるだろう。

9.2:オスとメスの隔離

まずオスによる「ドメスティック・バイオレンス(いじめ)」について言えば、メスが4センチくらいになるまでは、まだ常時抱卵しているというわけにはいかない。産卵しないメスに対して、アフィオのオスは非常に凶暴なことがある。ひどいときは一夜のうちにメスがぼろぼろにされてしまうこともあるほどだ。オスとメスのサイズに開きがある場合も、絶対に最初から同居させず、両者が揃うまで隔離飼育する(特にオスに比べてメスが小さい場合)。同居させてからも、メスが怯えて餌を食べに出てこなくなったり、いわんやヒレを傷つけられていたりしたら、迷わずすぐにオスを隔離する。面倒がって放っておくと、瞬く間にとんでもないことになってしまう。別に30センチ水槽を二つ用意する必要はない。メスは予めセットした30センチの水槽に入れて特別待遇しておき、オスは水草がたっぷり入った3リットルくらいのプラケにきれいな水をいれて、餌を控えめにして(3日に一度で十分!)しばらく飼っておくだけで十分だ(ジャンプ防止に絶対に蓋をすること!)。あるいはグッピーの産卵ケースにオスをいれておいてもいい。こうやってオスを「独房」に入れて、しばらく「反省させる」のである。そしてメスが元気を取り戻したら、再びオスを同居させる。もちろん「独房」はグッピーの産卵ケースでも構わない。

特に問題はなくとも、産卵疲れしているメスをいたわる意味で、アフィオセミオンのペアは定期的に隔離するのが最善の策である。欧米の愛好家のほとんどが励行していることで、日本ではあまり行われていないのが、このオスとメスの隔離である。これは特にフルサイズになる前のペアに言えることで、メスが抱卵しているときは仲良くしているのだが、メスの卵がなくなって求愛に応じなくなると、突然オスが怒り狂ってつつき殺すということが頻発する。四センチを超えて、メスがほとんど常時抱卵状態にあり、サイズの開きがなければ、常時同居させておいてもあまり問題はない。

9.3:夏場の高温

既に述べたように、アフィオの中級種以上は、クーラーのある部屋でなければまず夏場を越せないと思った方がいい。ブアルナムやセレスティやオゴエンセといった中級種で27度くらい、ディアプテロンの仲間で24度くらい、ジョーゲンシェーリやカメロネンセやハンネローエといった超難種では22度くらいが限界だと思っておいた方がいい(この温度はあくまで目安にすぎないが)。これらの魚は「熱帯魚」と思わず、「イワナだ」と思うくらい

Aphyosemion(Diapteron) fulgens

でちょうどである。25度を越えても大丈夫なケースはもちろんあるが、だからと言って油断するのは禁物。「たまたま大丈夫だっただけ」くらいに思っておく方がいいだろう。

もちろんこれらの難種でも、一年以上親を元気で飼うことが出来れば、そのうち繁殖してくれることが多いのだが、夏場の高温がネックになるのである。こうした難種をキープしている人はたいがい、夏場でも20度くらいにクーラーを設定している(夏に風邪を引いたという冗談があるほどだ)。クワガタ飼育の経験者なら、アンタエウスやミヤマクワガタ系を思い出してもいい。熱帯ジャングルはアスファルト地獄の日本の夏ほど暑くないのである。

9.4:飛び出し

アフィオセミオンの飛び出しは想像を絶する。2センチくらいの隙間があれば見事にそこからジャンプしてしまうのである。水槽には絶対に隙間がないようにしておこう。注意さえすれば防げるイージーミスだが、この飛び出しでせっかく購入した親を死なせてしまう事故は、想像以上に頻繁に起きる。特に導入してまだ環境に慣れていないアフィオは、非常にしばしばジャンプする。原地でも彼らは、何らかの理由で環境が悪化すると(干上がって水たまりが浅くなる、水質が悪化する等)、ジャンプすることで別の水たまりへ移動していったりするのだろう。興味深いことに、水に慣れてきたり、あるいは水槽の大きさに余裕がある場合は、こうしたジャンプはあまり起こらない。

9.5:自然繁殖

以上の「アフィオセミオン・イージーミス御三家」をクリアして、魚が自宅の環境に慣れてくれば、いよいよ本格的に繁殖にトライする。環境に慣れてくると、魚が「大きい(でかい)顔」をし始めるので、すぐに分かる。いつ乾季が来るか分からないような「背戸際的な状況」に常にさらされていて、とにかく死ぬ前に卵を残そうとする刹那的な年魚と違い、アフィオセミオンの仲間は環境に慣れない限り卵は産まない。

Aphyosemion coeleste

アフィオセミオンの一番気楽な増やし方は、「自然繁殖」である。モップ方式やピート方式など、アフィオには色々な繁殖法があるが、基本的に「自然繁殖できない魚はどうやっても繁殖しない」である。自然繁殖をさせる場合、水槽は大きめ(45センチ水槽 − もちろん海外の愛好家のように60センチ水槽を利用できれば最高だが・・)の方がいい。浮き草、大量の水草(ニテラやウィローモス)、ピートを入れる。ピートを厚くすると底が腐敗しやすいので、ごく薄めに敷く(水槽の底が見えるくらいでいい)。あるいは上に述べたように、アヌビアスを活着させた流木など。場合によっては後述のモップも入れておこう。クヌギやクリの枯葉を入れてもいい。ほとんど遊泳のスペースがないジャングル状態する方がいい。これは魚を落ち着かせ、生まれた稚魚が親に食べられたり、メスがオスにいじめられないようにするためである。そして残餌処理にスネール。エアレーションやフィルターはあってもなくてもいいが、カメロネンセやセレスティやブアルナムといった上級種の場合は、よほど水質維持に自信がない限り、絶対にフィルターを入れた方がいい。フィルターを入れる場合は、生まれたての稚魚が吸い込まれないようにスポンジ式を使うが、投げ込み式の方が相性がいいならそれでも構わない。エアレーションはごく緩く、水泡が数えられるくらいのペースで。アフィオは光を嫌うので、照明は暗めにする。浮き草を大量に入れて、水底にまで照明が当たらないようにしてもいい。飼育難度の高い種類でも、大きな水槽(60センチ)に水草を大量に入れてペアを飼育すると、あっけないほど簡単に自然繁殖したりするようである。

こうした水槽にペアを入れ、水の落ち着いた透明感を維持することにのみ、しばらくはひたすら努めよう。何度も言うが、少しでも「ドメスティック・バイオレンス」の兆候があれば、すぐにオスを隔離して「反省」させる。水はやや新鮮な状態を保つ方がいい。既に述べたように、導入して1ヶ月くらいは餌は極力少なめにして、水槽の水を安定させる。魚が慣れてきてからの水換えは、一概には言えないが、やはり2週間に三分の一が標準だろう。一週間に半分の水換えをしてもいい。「アフィオセミオンは古い水」と思っている人も多いようだが、極端に古い水にしては絶対にならない。大切なのは水を安定させることであって、古い水にしておくことではない。古い水で繁殖した魚は、ちょっとした水質変化に弱かったり、友達にあげるなどして別の水になった途端に頓死したり、いつまでたっても産卵しなかったり、何かとトラブルが多い。

Aphyosemion gabunense gabunense

水換えの時は、懐中電灯を使うくらいのことをしてでも、稚魚が泳いでいないか細心の注意を払って観察しよう。稚魚を一緒に水槽の外に吸いだしてしまわないためだ。生まれたての稚魚は、最初のうちは水面下をゴミのように漂っている。少し大きくなると、水底のいつでもピートの中に隠れられるところに移動するようだ。親は意外と稚魚を食べたりしない(産んだばかりの卵をメスが片っ端から食べてしまうことは時々起こるようだが)。いずれにせよ、水換えの時にピートの破片ほどもない稚魚が漂っているのを初めて発見したときの感動こそが、アフィオセミオン繁殖の最大の感動である。

なお、どれだけケアをしていても、どうしても汚物が水槽の中にはたまってくる。こうした汚物はとりわけ水槽の底にたまり、「水槽の上の方はきれいに澄んでいるが、底は淀んでいる」という状況になりやすい。これでは親魚の飼育には問題がなくても、繁殖には致命的なのである。なぜなら卵が生みつけられるのは水槽の底の方が多いから。いくら水槽の上部の水がきれいでも、底が淀んでいると、上級種の場合、卵がどんどんカビていくということが起こるのである。アフィオセミオンはノソやシノに比べれば水質悪化にうるさくないというイメージがあるが(事実そうだが)、カメロネンセやセレスティやハネローエやブアルナムなどは、やはり決して鈍感な魚ではない。

9.6:自然孵化した後

では初めて稚魚を発見した後はどうするか?一番手軽なやり方は、「そのままにしておく」である。上にも書いたように、アフィオの親は意外と稚魚を食べたりしない。大量の水草を入れておけば、稚魚は水槽に勝手に湧いた微生物を食べるなどして、勝手に成長してくれる。このやり方だと、少し大きくなった稚魚が、後で生まれてきた小さな稚魚を食べたりするので、当然得られる仔の数は少なくなるが、商売にするならともかく、趣味で世代継続を狙うなら、この自然繁殖で得られる稚魚だけで十分である。ベテランになるほど、「増えすぎるかえってもてあますから」という理由で、この完全な自然繁殖方式をとる人も多い。稚魚が見え始めたら、時々少量のブラインをやるといい。発育がぐんと早くなる。また自然繁殖の場合、言うまでもなく、水槽が大きければ大きいほど万全である。欧米では60センチ以上の水槽で自然繁殖をするのが常のようだ。だが8リットルくらいのケースでも、稚魚の隠れ家になるピートと水草を大量に入れておけば、そして水質が万全であるなら、自然繁殖は狙える。8リットルのアクリル・ケースでブアルナム・ツーイを飼育していて、毎週水換えをする度に10匹以上の稚魚が見つかったこともある。

稚魚育成用プラケース

この自然繁殖の方法には幾つかのバリエーションがある。いずれも確保できる稚魚の「数」を多くするためのものだ。

  1. 水換えのたびに小さなホースで稚魚を吸い出して、3リットル程度のプラスチックケースで育てる(稚魚の育て方は後述の年魚と同じ)。
  2. 稚魚が見つかったら、親は別の水槽に移動させ、稚魚はそのまま生まれた水槽で大きくする。始めのうちは気が向いたときに少量のブラインをやる程度でいいが(もちろん残餌処理の貝をたくさん入れておく)、徐々に餌の量を増やしていく。稚魚を丈夫に育てるには、この方法が一番よいようである。
  3. 稚魚が見つかったら、1リットル程度のプラスチックケースに、稚魚もろとも、水槽内のピート・水草・モップなどを一切合財すべて移してしまう。これらのピートや水草にはまだまだ卵がついているはずだから、移動先のプラスチックケースで次々に稚魚が孵化してくるだろう(プラスチックケースに移した稚魚の育て方は後述の年魚と同じ)。そして親のいる元の水槽には、再び水草・ピート・モップなどを入れて、最初と同じ環境にセットし直す。

Aphyosemion elberti Matapit

このやり方は、既に述べた水槽の丸洗いの手法に似ている。まず澄んだ上水をバケツに吸い出す。稚魚を吸い込まないように気をつけて、そして万が一のためにホースから出る捨て水をいったんバケツ等で受けるようにする。そして底水を出来るだけかき回さないように、いやがうえにも慎重に親をすくい出して、このバケツに移す(飛び出しに注意!)。次に − 乱暴なようだが − 大き目の網で受けながら水槽の水をすべて捨ててしまう。網にはピートや水草や卵や稚魚がすべてひっかかってくる。これをプラケへそのままパチャッと移し(少し大きくなった稚魚がピョンピョンとピートの上を跳ねていたりする)、種水を静かに注ぐのである。このやり方のメリットは、魚の移動時の危険な底のゴミの舞い上がりの時間を、少しでも短縮出来る点にある。そして親のいた水槽は丸洗いして、もう一度リセットし、バケツに汲んだ元の水を戻し、新しい水も加え、水草や新しいピート水を入れて、それらが落ち着いたところで、親を戻すのである。これはかつてアフィオ飼育で無敵を誇った大ベテランの方のやり方である。

9.7: ピート方式(1)−プラケで保管する

自然孵化によらない繁殖方法として日本で一般的なのは、ピート方式およびモップ方式である。まずピートを使うやり方から述べよう。ただしピート方式はある程度モップでアフィオ繁殖に慣れてからにしたほうがいいかもしれないが。と言うのも、この方式だと「本当に魚が卵を産んでいるのかどうか」が確認しづらく、まだ産卵体勢が整っていないにもかかわらず頻繁に水槽を引っ掻き回す結果になりやすいからである。ここで書くことはむしろ、下で述べる「モップ方式」で採卵した卵を保管するやり方の参考として読んでおいてほしい。

まずペアを入れた30センチから40センチの水槽に、浮き草を大量に入れ、水中にも水草を配し、水底には産卵床としてピートを薄く水槽の底面積の三分の一くらいに敷く。ピートの下部が酸欠になって腐敗するのを避けるために、ピートは水槽の底が見えるくらい薄く。用いるピートは、欧米の愛好家が使う粉状のものがベストだが、繊維状ピートでもいい。そしてこのピートを、二週間に一度程度、ホースで吸い出すのである。ピートを吸い出す際には、くれぐれも底の水を舞い上がらせないように。もちろんピート交換は水換えも兼ねているので、再び新しいピートを敷いてから、減った分の水を静かに足すこと(手順は逆でもいいが)。

吸い出したピートの処理には二つのやり方があるが、まずプラケで保管する方法から説明しよう。吸い出したピートを、飼育水とともに1リットルくらいのプラケに入れ、適当に水草を配してエアレーションし、稚魚が孵化してくるまで待つやり方である。水換えは毎日から数日に一度行うのがいいだろう。水換えに用いるのは、もちろん種水水槽の水である。ちなみに水の調子がベストなら、あまり水を換える必要はない(エアレーションさえ必要ではない)。ただ、水をどれくらいのペースで換えるか、あるいは換えないかは、種水のコンディションに左右されるし、このあたりの見極めが経験と技術がものを言う部分である。こうやって2〜3週間くらいすれば稚魚が湧いて来るはずだ(この稚魚の育て方については後で述べる)。

Aphyosemion ogoense "GHP 80/24"

しかしながら上級種の場合、このやり方では卵がかびてあまり孵化率がよくないことが多い。いわゆる「魚の死骸が絶対にかびない最高の種水」が出来ていない限り、アフィオの上級種の卵はほとんど孵化しないのだ。卵がかびるのを避けるために、卵を保管する水にごく微量のアクリフラビンを入れておく人もいるが、加えるアクリフラビンの量の加減も難しいし、そもそもあまり人工的なことをしても逆効果という気もする。実際、ミンボンやカメロネンセといった難種になると、大量の卵がとれても、このやり方ではほとんど孵化しなかった。ブアルナムなどの中級種であれば、これでも結構稚魚が殖えたのだが。ただ、このアクアフリビンを微量加えるやり方でもって、様々な難種を繁殖させているベテランがいることも付記しておこう。

9.8:ピート方式(2) − 乾かして保管する

意外かもしれないが、アフィオセミオンの卵も、年魚と同じ乾燥方式で孵化させられる。彼らが住んでいる小川の岸辺は、日照りが続いたりすると、ほとんど水がなくなったりすることもあるのだろう。

集められたピート

ただしアフィオセミオンが住むのは − サバンナに住むノソやシノと違って − ジャングルなので、完全に干上がったりすることはない。だからアフィオセミオンの卵を乾燥方式で保管する場合も、あまり乾かしてはならないのである。水不足が続いた夏の小川の岸辺をイメージしてほしい。つまりアフィオセミオンの場合、ピートは年魚よりもかなり湿らせた状態にする。ピートを網で受けて、そのままか、ほんの軽く握る程度だろうか。水がぽたぽたしたたる位でいい。このピートを、後で述べる年魚の卵と同じように、小さなビニールケースへ入れて20度から25度程度の場所で保管し、3週間後くらいに1リットル程度のプラケに漬けるのが一般的な方法とされている。

ただし、これまた上級種の場合、これでは卵がまたしても消えたりかびたりすることが多い。これは恐らく通気が悪くなるせいだと思われる。これを避けるためには、少々手間がかかるが、次のようなやり方をためしてほしい。まずピートを白い紙の上において、指で丹念に繊維をほぐし、卵を集めていく。そして蓋の出来る小さなプリンカップのような容器(クワガタの幼虫飼育に用いる容器の一番小さなサイズのものが使い勝手がよく、昆虫ショップで入手することが出来る)に、かなり湿らせたピートを薄く敷いて、その上に卵をのせていく。ピートの湿気は、水につけておいたピートを、そのままポチャンと置いたくらいでいい(プリンカップの底に薄く水が残っているくらい)。湿気が飛ばないように、必ず蓋をしておく。保管は20度から25度くらい。

Aphyosemion cyanostictum

時々蓋を開けて、適度に湿気があるかどうか確認する。白くかびてしまった卵は取り除いてしまう人もいるが、あまり神経質になる必要はない。保管期間は3週間がベストだろう。「アフィオの卵は2週間で孵化する」と書いてあるガイドが多いが、一般的に言って2週間では短すぎる。ただし夏場には2週間くらいで発眼することもあるし、逆に冬場だと発眼するまで4週間くらいかかることもある。なお採卵した卵は、ほぼすべてが発眼しているのを確認してから、水を注ぐ。瞬く間に稚魚が出てくるはずだ。ちなみに海外の愛好家がアフィオの卵をもらう場合、このシャーレにピートを薄く敷いてその上に卵を載せた状態で送ってくるケースがほとんどである。

この乾燥方式のメリットの一つは、稚魚の孵化の時期をそろえられる点にある。9.6の自然孵化や9.7のプラスチックケースによる保管だと、先に孵化した稚魚が後から出てきたそれを食べてしまうということが起きやすい。またアフィオセミオンの場合、ただでも稚魚のサイズを揃えて育てるのが難しいので、出来るだけ孵化の時期は同時にしたい。そういう時に一番便利なのが、この乾燥方式なのである。

9.9:産卵モップ

恐らく初心者にとって一番やりやすいのが、上でも述べた、いわゆる産卵モップである。アクリル100パーセントの一番太い黒い毛糸を買ってこよう。長さ30センチくらいのケースや本などに、この毛糸を30回から50回くらいぐるぐる巻きにしてから、中央を同じ毛糸を5センチくらいに切ったものでもって、ばらけないようにきつく縛って束ねる。それから輪状になっている両側の部分をハサミで切る。こうすればクラゲか海草のような形をした人工産卵床が出来る。水面にはたっぷり浮き草を浮かせた水槽に、このモップを入れておくのである(モップはメスがオスにいじめられたときの隠れ家にもなる)。

水面に浮かべられたモップ

このモップをどれくらいのペースでチェックするかは人による。数日置きにモップを取り出しては採卵する人もいる(モップから取り出した卵の処理法については後で述べる)。水換えのときについでにチェックするだけの人(従って1週間から2週間間隔)もいる。アフィオセミオンは水を換えた直後に産卵することが多いので、水換えの翌日に取り出してチェックする人もいる。ただし、あまり頻繁にモップを取り出してチェックすると、魚が落ち着かなくなるのは確かである。

モップに付いていた卵を回収

最初のうちは毎日のように卵を産んで元気に水槽の前面に出てきていた魚が、毎日モップをいじくっているうちに、次第に臆病になり、いつのまにか元気がなくなって死んでしまうということがままある。それにモップの下には淀んだ底水が溜まりやすい。何度も述べてきたように、底水には極度に慎重にならねばならない。あまり頻繁に水をひっかきまわすようなことは避けた方が賢明だ。毎日モップを見て水を引っ掻き回すようなことは絶対にやめよう。水を換えた翌日、翌々日くらいだけに限定してモップを取り出すように。なお底水の引っ掻き回しをさけるために、モップを水槽の枠にひっかけて蓋ではさむようにして、水槽に「つるす」(つまりモップが水槽の底に接触していない)状態にすると、モップをチェックするときに底水の引っ掻き回しをしないですむ。某大ベテランから聞いた、非常に重宝するやり方である。 アフィオの繁殖法は、年魚と比べて、非常にパターンが多い。これがアフィオの楽しさでもあるのだが、モップについてはもう一度以下のことを参考にしてほしい。
  1. あまりモップを頻繁に取り出しすぎると魚が怯えてしまうことが多い。2週間に一度、水を換えた翌日くらいが程よいペースだろう。

    稚魚育成水槽

  2. モップの下は汚れた底水の巣窟だし、モップ自体にもゴミが溜まりやすい。モップを取り出すときは、まず底水を丁寧に抜き、モップを持ち上げるときに極力ゴミが舞わないようにする。またモップをチェックした後は、軽く種水でゆすいでゴミを落としておく方がいい。モップを水槽の枠につるすようにして底水がたまらないようにするのがベストだ。
  3. 既に述べたが、水の悪化しやすい夏には、慎重な人はモップを水槽から出してしまっている。
  4. モップの長所の一つは、魚が本当に卵を生んでいるかどうかの確認がしやすい点にある。モップに卵の殻のようなものだけがついているときは、産卵してはいるものの、生みつけられた卵が何らかの理由で消えているものと思った方がいい。

なおモップは、色がにじみ出ないように、予めボイルする人もいる。だがアクリル製なら特にこれは必要ではない。モップを使う際に気をつけたいのは、ボイルしすぎたモップや使い古したモップが、くたびれたようになって毛糸と毛糸がからみついたようになってくることである。こうしたモップは、恐らく通気が悪くなるせいだろう、あまり魚が卵を生まなくなったり、卵がカビやすくなったりする。

こうしてモップで採卵した卵の処理は、上の9.7および9.8に準ずる。つまり次の二つのやり方である。

モップに産み付けられた卵

(1)1リットルくらいのプラケに水草およびピート少々を入れて(軽くエアレーションしてもいいが、しなくてもいい)、そこに採卵した卵を指でつまんで適当に放り込んでいく。
(2)ボイルしたピートを小さなプリンカップに薄く敷き(ピートはかなり湿らせて!)、その上に採卵した卵をのせ、発眼したのを確認してから、3週間後くらいに水に漬ける。
どちらの場合も、出来れば毎日チェックして、カビが生えた卵は頻繁に取り除くようにする。なお個人的には、上に述べたように、1)よりも2)の方が効率がよいように思う。それに、これまた既に述べたように、2)の方法だと孵化の時期をかなり揃えられる利点もある。モップでとった卵を、ごく微量の殺菌用のアクリフラビンを混ぜた種水を入れたシャーレで保管し、孵化を待つ人もいるが、これは相当な上級テクニックで、初心者が真似できるようなものではない。

9.10:オスとメスの隔離方式

日本ではあまり行われていないが、欧米の愛好家が必ずといっていいほど実践しているのが、オスとメスをしばらく隔離して、短期間だけ同居させ、その間にまとめて卵をとってしまう方式である。

まずメスは30センチ水槽(もちろんもっと大きくてもよいし、飼育テクニックがあればもっと小さくてもよいのだが)に入れ、たっぷり餌を食べさせ、十分に抱卵させる。これまた欧米の愛好家は必ず実践していることであるが(日本ではあまり行われていない)、ボウフラ、ボウフラのサナギ、ショウジョウバエ、赤虫、ミジンコ、ブラインシュリンプ、グラインダルワームなど、可能な限り多様な餌を与える。ケースには魚を落ち着かせるための水草少々と産卵床になる採卵モップを入れておく(ピートでも可)。自然繁殖の場合と違って、この水槽は出来るだけシンプルにしておいた方がいい。

モップに産卵しようする雌雄

他方オスだが、こちらは特にメスのように大量の餌を食べさせる必要はないので、小さなプラケ(3リットル)程度でも飼える。これまた − 言うまでもなく − もっと大きい水槽でもいいし、小さな水槽で飼う場合はエアレーションをしたり、餌は極力少なめ(3日に一度でもいい)にするなどの工夫は必要だが。

こうしてしばらくペアを別々に飼ってから、一晩だけオスをメスの水槽に同居させるのである。「魚が自宅の水に完全に慣れていれば」という条件つきだが、水あわせなどは不要。魚が落ち着くように、ケースは出来るだけ薄暗い場所に置いておく。アフィオセミオンは明け方に産卵することが多いので、オスを入れるのは夜がよいようである。そして翌朝にオスを再び取り出し、そしてモップも取り出す。恐らく大量の卵がモップについているはずだ。長期間オスとメスを同居させるよりも、この「一夜の恋」方式の方が、なぜか産卵数の効率はよいようである。やはりメダカでも長期同居だと「マンネリ」が起きるのだろうか?(なお海外文献には「モップは翌朝取り出す」と書いてあることが多いが、これは昼間もモップをそのままにしておくと、産んだ卵をメスが食べてしまうことがあるかららしい。)

この方式のメリットは 1)卵が親に食べられるのを避けられる(メスは時々自分で産んだ卵を片っ端から食べたりするので) 2)メスが本当に卵を産んでいるかどうかが確認できる 3)同じ日にすべての卵をとるので孵化日が揃うので、先に生まれた稚魚が後から孵化したそれを食べてしまうといった事態が避けられる といった点にある。なおオスとメスを「別居」させるには、同じ水槽をセパレーターで区切ってもよいが、これだとメスを追おうとするオスがセパレータに顔をこすりつけて口を傷つけるという意見もある。こうやって採卵した卵の処理については、9.7〜9.9で述べた通りである。

9.11:ショック療法

どれだけ努力しても、なかなか卵が得られないアフィオセミオンももちろんいる。原則として卵生メダカの飼育には、あまり過度に水質の「数値」にこだわる必要はないが、水の硬度は魚の産卵に決して無関係ではない。特にアフィオセミオンの難種は超軟水でないと産卵しない種類もいるようである。自宅の水道水がGH2以下の地域に住んでいる人は、アフィオ飼育に圧倒的に有利だ。もちろんブアルナムの仲間をGH8/PH7以上の水で繁殖させたりしている例もあるが、どうしても卵を生まない種類の場合、RO水等の超軟水を用いることは確かに効果がある。

Aphyosemion striatum

もし数ヶ月魚を順調に飼育して、水温もアフィオ難魚が好む20度以下であり、オスとメスのいさかいも別にないにもかかわらず、いつまでたっても卵を産まなかったとしたら、水換えの際に三分の一から二分の一を、RO水で換えてみよう。そして水温も3から5度くらい急激に落とす(氷を入れてもいい)。照明は落とす。いきなりスコールが襲ってきて、水かさが急激に増えて、水が冷えた状態を再現するわけである(梅雨時の大雨の後の渓流などを連想するとよいのではなかろうか)。心配せずとも、自宅の水質に慣れてさえいれば、水槽にいきなり氷を数個ぶちこんだくらいでアフィオセミオンは弱ったりはしない。それどころか急にオスはヒレを広げて、メスに求愛し始めたりするだろう。高温に弱いアフィオの仲間は、水温が低くなる十月くらいから三月くらいまでに卵を産むことが多い。現地ではアフィオは、大量の雨が降って、水が急激に冷える時期に産卵することが多いのだ(ただしこれはベストコンディションの魚の場合の話であって、ヒレをたたみ気味の魚にこんなことをするのは自殺行為であるが)。

こうした「荒治療」は南米の非年魚リヴルスの仲間にも有効なようで、ドイツの愛好家には「RO水でいきなり半分水を換え、急激に水温を落とし、エアレーションで水を攪拌し、照明も消し、その後徐々に水温を上げ、照明をつける」といった凝ったやり方をする人もいるようだ。嵐を水槽内で再現するわけである。なお超軟水の使用は、どうしても産卵しない場合の非常手段だと思った方がいい。こうした特殊な水に慣れてしまった魚は、どうしても環境変化への適応力が小さく、後々苦労する。

これまた欧米の愛好家の「裏ワザ」であるが、しばらく水量をかなり減らした状態にしておいて、水温はやや高い目に、そして照明をかなりつけっぱなしにした状態を保っておいてから、いきなり新鮮な18度くらいのRO水を加えて水量を上げ、照明を消し、数日してから再び照明をつけて水温を上げる方法もあるようである。これまた雨が降らない日が続いた後で、突如スコールがやってきた状態を再現するわけである。  どの卵生メダカでもそうだが、とりわけアフィオの場合、昼夜の温度差、四季の変化による温度差、太陽光線の周期といった要素に、非常に強く産卵が影響されるようである。年中温度変化のない状態で飼っている人よりも、昼夜の温度差や四季による温度変化がある人の方が、アフィオの産卵については圧倒的にいい結果が出る。また間接的に入ってくる自然光もアフィオの産卵刺激になるようである。タイマーコントロールの蛍光灯のみで照明している水槽よりは、窓際等の自然光が入ってくる場所に置いてある水槽の方が明らかに結果がよい。

いずれにせよ、アフィオセミオンには色々な(無数の)繁殖パターンがある。ここで述べることを自分流に組み合わせて、色々なやり方を試みてみよう。アフィオセミオン(同じ習性をもつ南米のリヴルスの仲間を含む)には、「こうやれば間違いない」という「正解」は存在しない。そこが難しさであり、面白さでもある。なお産卵に関しては、アフィオセミオンよりもリヴルスの方がやっかいである。飼育自体は非常に簡単な種類が多いが、あまり「平穏無事に」飼っていると、さっぱり卵を産まないのだ。恐らく彼らは激越な環境変化にさらされており、そうした状況を水槽でも再現してやらないと産卵しないものと思われる。リヴルスの場合、相当に急激な水温/水質の変化や四季変化や太陽光線の加減などが、アフィオセミオン以上に重要な産卵のキーになるようである。

8.温度のこと | 10.年魚の繁殖について