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著 岡田 暁生

10:年魚の繁殖について

10.1:二種類の産卵タイプ

Simpsonichthys boitonei

年魚の採卵には必ずピートを使うが、年魚の産卵パターンには二つある。一つはペアでピートに深く潜って産卵するタイプで、南米年魚のほとんどがこれである(ピートダイバーと呼ばれる)。もう一つはピートに潜ることはせず、その表面近くに体を押しつけるようにして産卵するタイプで、ノソブランキウスがこれにあたる。南米年魚で後者の産卵パターンをとるのは、スワローキリー、ラコルティ、レプトレビアス・ミニマスおよびオーレオグッタータス、シンプソニクティス・ボイトナイおよびゾナータスである。

なお、よくピートは「だいたい2週間から1ヶ月に一度くらい取り出して、卵を確認してから保管し、新しいピートと交換する」と書かれているが、注意しなければならないのは、難種(特に親で導入したもの)は、ピート交換時の水質変化に極端に弱いということであり、例えばラコビーでも、親で導入した場合は、ピートを変えただけで落ちてしまうということがある。従って「難種になればなるほど、ピートは親が死ぬまで放っておく(可能な限りいじらない)」を鉄則とした方がいいだろうと思う。

10.2:ピートダイバーの採卵

ピートに潜るアフィオレビアス

潜るタイプの年魚(ピートダイバー)のためには、10センチ程度のガラス瓶にピートを三分の二程度入れて水槽に入れておく。5センチくらいのガラスコップでも採卵できなくはないが、親魚がピートに潜る際にピートを掘るような動作を繰り返し、そのためにピートの大半が外に漏れてしまうということが起こりがちだ。そのようにならないように、かなり深い瓶を使う方がいい。出来れば口の部分が狭くなった瓶やブランデーグラスのようなものを使った方が、ピートが外にこぼれない。採卵のときは、まず瓶の底の周りのゴミを丁寧に吸いだす。それから瓶ごと取り出して、網にピートを出し、水気を強く切る(どれだけ握っても水滴が落ちないくらい)。よくやるミスに、魚がピートの中に潜っているのに気づかず、ピートを取り出して網で水気を切る際に、魚まで絞って殺してしまうケースがある。ピートを取り出す際には、その中に魚が潜っていないか、念には念を入れてチェックする。そして採卵した後は、再び瓶にピートを入れて、水槽に戻す。このときに一時的にピートのカスが水槽内に舞って水が濁ったりするが、あまり気にする必要はない。

10.3:ノソブランキウス型の採卵

Nothobranchius kiromberoensis

ノソブランキウス(およびスワローキリーやラコルティなど)のためには、水槽の底面積の三分の一程度に二センチくらいの厚さでピートを敷く。ピートの中に残餌が入り込んで水質を悪化させるのを避けるために、ピートは水槽の後ろの方に敷いた方がいい。ピートは直接水槽の底に敷くやり方と、弁当箱のようなタッパにピートを敷くやり方がある(タッパが浮かないように石を入れておく)。

水槽の底に直接ピートを敷いた場合の採卵の手順は次の通り。まず底のゴミをホースで少し吸いだす(再三言うが底水は雑菌の温床だからである)。次に小さなプラケに水槽の水を少しとって、親魚をそこへ移動する。そのとき魚を網で追い回して水槽内の水を攪拌しないように、細心の注意を払うこと。網の動きは最小限にする。特にスワローキリーのような臆病な魚は、水槽に網を入れただけで、怯えてピートの中に隠れてしまったりするので、念には念を入れて慎重に親魚を掬い出す。そして親魚を取り出したら、大き目の網でピートをすくって、強く絞って水気を切る。そのときいくつかの卵は網からこぼれてしまうので、もう一度底水をホースで吸出し、吸った水を網で漉して卵を確保する。そして再び水槽に新しいピートを入れ、しばらく置いて水が落ち着くのを待ってから、親魚を戻し、少々足し水をしておく。新しいピートを入れるとカスが舞うが、あまり気にする必要はない。

タッパにピートを敷いて水槽の底に置く場合も、まず底の水を少しホースで吸い出す。タッパの周囲にはゴミが溜まりやすいので、とりわけ念を入れてゴミを取る。それからピートダイバーの場合と同じようにタッパごとピートを取り出し、ピートを網で受けて、強く絞って水気を切る。そして − 出来るだけピートが舞うのを避けるために − まず重石代わりの石だけが入った空のタッパを、慎重に水槽に入れる。タッパの底に親魚がいるのに気づかずに圧殺してしまうようなことがないように、用心には用心を重ねること。そしてタッパがしっかり水槽の底に沈んだら、新しいピートを手でつかんで入れる。  底水の舞い上がりを最小限に抑えるには、底水を吸い出すついでにピートも太目のホースで吸出してバケツで受け、バケツのピートを網で集める方法である。ひょっとするとこれが一番安全なやり方かもしれない。

10.4:ピートの種類

ピートにはいくつかのタイプがある。日本で一番よく使われているのは長毛の繊維状のもので、卵目専門店などで取り扱っている。二つめはエーハイムなどから発売されている水質調整用の粒タイプだが、卵目の産卵床として使うことはほとんどない。そして三つ目は粉状のピートで、日本ではあまり流通していないが、海外の愛好家は専らこれを採卵用に使用している。保湿の点で断然優れているのは、この粉状ピートである。長毛繊維状のものは、湿気が多いとベタつき、乾かすとパサパサになってしまいやすい。また、なかなか水に入れても沈んでくれず、水槽の中をピートが舞いやすい。それに対して粉状ピートは、水槽に入れてもまるで砂のようにすぐ垂直に沈むし、微妙な湿気を長期間にわたって保つことが出来るようである。ただしピートの種類は、卵目の繁殖にとってそう本質的な問題ではないと思う。

Simpsonichthys chacoensis

ピートを使用する場合は、事前によくボイルしてアクを出しておいた方がいい。水質調整が目的ではないので、水を茶色にする必要はまったくない。「ボイル済み」と書いてあっても、もう一度最低20分くらいは煮てアクを出し、水槽に入れたときに舞わないようにしっかり水に馴染ませる。また一度採卵に使ったピートはいくらでも再使用可能だが、この場合も使う前にはもう一度煮るようにする。殺菌して水に馴染ませるためであり、また前回使用したときの卵がまだ残っていたりして種の雑交が起こったりしないためであるる。

10.5:ピートの湿気

ピートの乾かし具合については、人によって千差万別である。網に入れたピートを水がまったく出ないくらいきつく絞ったあと、そのまま小さなチャッつきビニール袋に入れてしまう人もいるし、数日新聞紙に包んで水気をとるという人もいる。確実に言えるのは、「ピートの湿度は、よほど極端でないなら、あまり気にする必要はない」ということだ。過酷な自然の中では、我々には想像もつかないような事態が頻繁に起こっているはずである。ほとんど湿気のないカラカラの状態で数ヶ月やりすごさねばならないとか、逆にじめじめした状態のまま次の雨季に突入するなどということは、大自然の中では日常茶飯と考えていいだろう。その程度のことで孵化に支障をきたしていては、とてもではないが何百年何千年と世代を継いでこれたはずがないのである。「きつく絞って水気が出るようでは湿りすぎ」、「ピートが乾燥して茶色になっているようなら乾かしすぎ」程度に思っておけばいい。よく「湿気が多いとカビる」とか「乾かしすぎると卵が消える」といった意見を聞くが、卵がカビたり消えたりする原因は、卵の保管湿度ではなく、専ら親魚を飼っていた水の状態がよくなかった(あるいは親が水に馴染んでいなかった)ことに起因する場合が大半である。なお、ピートを取り出した時に硫黄臭がすることがあるが、これはピートの底の方が通気が悪くなって、嫌気性バクテリアが発生していることによる。こうした場合、卵の大半がカビてしまったりすることが多い。

ピートの湿度はアバウトでいい」とは言っても、ピートの湿度に関していくつかコツというものはある。一つは「ピートはかなり大量に入れる」ということである。最低でも大人の男性の手で一掴みくらいの量はほしい。ピートを大量に使うと、保管中の湿気や温度の状態が安定するし、外気の影響をあまり受けないからである。ピートが多いと卵が見つけにくいなどと考えないことだ。けちって少量のピートしか使わない場合、あまりいい結果にはならない。

Austrolebias sp.CXCL004

またピートの通気をよくすることも大切である。通気が悪いと嫌気性のバクテリアが発生して腐敗したりしやすく、特にポマードで塗り固めた髪のような状態にピートがなってしまうと、ほぼ確実にすべての卵がだめになってしまう。なお、長毛繊維状のピートの場合、ちょっと湿度が多かっただけで、すぐにこの「ポマード状」になってしまうので、注意が必要だ。粉状ピートでは、こうした危険は少なくなる。

一応の目安としては、ピートを網できつく絞った後、半時間程度、紙の上でピートをほぐして少し湿気を飛ばしてから保管するくらいがいいだろう。新聞紙に包んで数日置いたりしたら、乾きすぎになってしまう。夏場でもほんのり湿気のある森の腐葉土のような状態を目安にしてほしい(長毛繊維状のピートの場合、粉状ピートと比べて、この状態を保つのが難しい)。クワガタなどの昆虫を繁殖させた経験のある人なら、プラケに分厚く敷き詰めた腐葉土の一番底くらいの湿度を思い起こしてほしい。表面は乾いて茶色っぽくなっていても、底の方はしっとりして適度の湿気を保っている、あのかんじである。

10.6:保管温度

さて、こうやってピートを取り出して乾かしたら、一応卵の有無をチェックしておこう。いちいちピートの繊維をすべてほぐして、すべての卵を確認する必要はない。数個の卵が見えれば十分である。そして卵が確認できれば、小さなチャックつきのビニール袋に入れ、魚の種類と採卵日を書いて、発泡スチロールの箱に入れて保管する。保管中の温度については、20度以下ないし30度以上の状態が常時続くようなことだけは避ける。直射日光が容赦なく照りつけるサバンナに住むノソブランキウスの仲間は25度から28度くらいを、温帯地方のアルゼンチンに住むオーストロレビアスの仲間(アレキサンドリーやニグリピニス)の仲間は20度から25度くらいを、同じ南米でもブラジルの熱帯地方に住むシンプソニクティス(フルミナンティスはマグニフィカス)の仲間は25度から28度くらいを目安にしよう。ノソブランキウスやシンプソニクティスの仲間でも、別に23度くらいで保管してもかまわない。ただしこの場合は休眠期間が長くなったり、発眼がばらついたりすることもある。オーストロレビアスの仲間は高温には弱いので、常時25度を越えるような状態になることは出来るだけ避けたい。

なお、保管中に温度の上下があることは、別に気にしなくていい。むしろ昼と夜で5度くらいの差はあった方がいいくらいである。先ほど20度を切ったり、30度を越えたりするようなことは避けたほうがいいと書いたが、例えば18度から23度とか、26度から32度くらいを往復しているような状態なら、あまり細かく温度のことを考える必要はない。

10.7:卵の保管場所

卵の入ったビニール袋はまとめて発泡スチロールの箱で保管するが、温室がない人の場合に苦労するのが、この箱の置き場所である(温室があれば、高温を好む種類は温度の高い温室の上のほう、低温を好む種類は下の方に置いておけばいい)。冬場でも暖かく、夏場でも風通しのいいマンションなら、温度が安定していそうな場所を探して、そこに置けばいいだろう。その場合、最高気温と最低気温をチェックできる温度計で、およその温度巾を予め測っておいた方が賢明だろう。他にも25度くらいにヒーターを設定してある水槽のフタの上に置いておく人もいる(くれぐれもライトの熱で温度が上昇しないように注意すること)。大きめの発泡スチロールを自分で加工して、サーモスタットとヒ

休眠卵の保管箱

ヨコ電灯をとりつけて保管する人もいる。衣装ケースにサーモスタットとヒヨコ電灯をとりつける手もあるだろう。爬虫類用の底に敷くタイプのヒーターも使えるだろう。ただし直接発泡スチロールの箱をヒーターの上に置くと温度が上昇しすぎるので、間に新聞紙などをはさんで温度を調節する。小さめのスチール棚をビニールで被い、小さな温室のようにして、サーモスタットとトイレ等に使用するごく小さなファンヒーターをとりつけ、そこで保管する人もいる。冬場の卵の保管は、クワガタ等の昆虫の飼育や爬虫類の飼育に似ているので、そうしたショップで尋ねるのも一法かもしれない。

夏場の管理については、「家の中の出来るだけ涼しい場所に置く」としか言いようがない。常時30度を超える状態には絶対にしない。昼間は32度くらいになっても、夜には25度くらいに温度が下がる場所に置くこと。高温に弱いオーストロレビアスの仲間(ニグリピニスやアレキサンドリー)は、これでもスライダーだらけになったり、夏場はトラブルが起こりがちである。出来れば25度を超えない場所で保管したい。オーストロレビアスより高温に強いブラジル産のシンプソニクティスの仲間は、夏場は1ヶ月くらいで発眼したりするが、それでも常時30度を超える状態にしていると、総スライダーになったりする。いずれにせよ、卵を保管する際には、最高温度と最低温度が記録できる温度計を入れておくようにする方がいいだろう。

10.8:休眠期間について

卵が発眼するまでの期間を「休眠期間」と言う。採卵して1ヶ月くらいしたら、2週間に一度くらい、ピートを取り出して卵の状態を観察するようにしよう。卵の中に眼が出て、その周りに金環が確認できたら、そろそろ水につけても大丈夫である。休眠期間は卵の保管温度、湿度、採卵したときの水の状態等によってかなり変化するが、およその目安は次の通りである。

1)温帯地方であるアルゼンチン産の南米年魚(ニグリピニス等のオーストロレビアスの仲間)の場合:20度から25度くらいで保管して2〜3ヶ月。夏場は1ヶ月くらいで発眼することもあるが、特にギムノヴェントリスやCXCLシリーズといった難種の場合、総スライダーになったり、あまり結果は芳しくない。

2)熱帯のブラジル産の南米年魚(シンプソニクティス)の場合:ノソブランキウスと同じく、やや高め(28度くらい)を目処に保管する。こちらもオーストロレビアスの仲間と同じく2〜3ヶ月が目処だが、温度を高めに保った場合、あるいは累代繁殖させて自分の家の水に慣れてきた場合、1ヶ月強で発眼するケースが多い。フルミナンティス、トリリネアタス、ヘルネリーなどがこれにあたる。ただしラコルティやスワローキリーやコスタイやギゾルフィといった難種は、どうやってもジャスト3ヶ月くらいを目処にした方がよいようだ。
3)休眠期間が長いことで悪名高いのが、南米年魚の最高峰マグニフィカスである。通常、発眼するのに6ヶ月から1年かかる。ただし休眠期間が長いのは、まだ日本の水に馴染んでいないことによるのかもしれない(以前はスワローキリーもフルミナンティスも半年以上休眠を要すると言われたものだが、最近は2ヶ月くらいで発眼してくる)。マグニフィカスも海外では休眠期間はおよそ3ヶ月と言われている。マグニフィカスのような休眠期間の長いものは、28度くらいのかなり高温で保管するのがよい。そうすれば1ヶ月くらいすれば、必ず数個は発眼する卵がある。3ヶ月もすれば三割くらいは必ず発眼している。こうした種類の場合(スワローキリーなども同じ)、2ヶ月くらい経った時点で、発眼確認もせずに、水に漬けてしまってもいい。必ず数匹は稚魚が出てくるはずだ。そして水にいったん漬けたピートを再び乾かして保管する。以後1ヶ月ごとに水に漬けるのである。6ヶ月から8ヶ月位した頃に、一気に孵化してくるはずである。
4)太陽光線をさえぎる木陰もないようなサバンナ地方に住んでいるノソブランキウスの仲間は、28度くらいで保管した方がいい(別に23度くらいでも不都合はないのだが)。ほとんどの種類が1ヶ月強で発眼する。発眼までやや時間がかかるのがラコビーだが、3ヶ月もすれば絶対に孵化してくる。休眠期間の不安定さで泣かされるのが、世に名高い卵目の最高難種ファーザイである。ファーザイの場合、採卵してわずか一週間で発眼したり、逆に半年以上かかったりする。余程天候が不安定な地域に住んでいるのだろうか?
10.9:水につける時期

採卵して1ヶ月くらい経ったら、2週間に一度くらいの割合でピートを袋から取り出し、白い紙の上でピートをほぐすと、卵がぱらぱらと落ちてくるので、50倍くらいのルーペで卵の状態を確認する。それまで何の変化もなかった卵から、ある日突然、二つの目がのぞいているのを発見したときの喜びが、年魚飼育の醍醐味である。もし目に金色の輪(金環と言う)の縁取りが現れ、卵の中で稚魚が動くようだったら、そろそろ水につけどきである。

水につけるタイミングとしては、卵の半分以上が既に発眼しているのを確認してから、2週間くらいたってから水につけよう。卵の発眼確認については、すべての卵をピートから取り出してチェックしたりする必要はない。適当にピートをほぐし、紙の上に落ちてきた卵の半分くらいに眼が出ていれば十分だ。発眼を確認してからしばらく時間(1〜2週間)を置いてから水につけるのは、いわゆる「ベリースライダー(後述)」を避けるためである。総じて早めに水につけるよりは、遅めにつけた方がスライダーを避けられるようである。なお発眼をチェックした際にピートが乾燥しすぎて赤茶けた色になっていたら、霧吹きで少し水分を加えておく。

休眠卵を水につける(儀式)

いよいよ水にピートを漬けてみよう。年魚飼育の最大の儀式だ。プリンカップのようなものや小さなプラケにピートを入れ、自宅の種水を注ぐ。ピートを漬けるに際しては、予め少し霧吹きで湿気を与えてから少しずつ水を加える人もいる。 また最初は水深2センチくらいしか水を入れない人もいるし、いきなりプラケいっぱいに水を注ぐ人もいる。ただ筆者の経験だと、どのやり方でも大差はないように思う。なお、一つ一つの卵をすべてチェックして、発眼しているもののみをピートから取り出して水に漬ける人がいるが、結果はよくない。卵は絶対に保管していたピートまるごと漬ける。卵だけ水に漬けると、どういうわけか孵化してこないことが多い。ピートは出来るだけ多い方がいい。恐らく乾いたピートが水に漬かるときに放出する大量の酸素等が、稚魚の孵化の刺激になるのであろう。また未発生の卵にとっても、一度水に浸かることは、発眼の刺激になるようである。

10.10:スライダー対策

Austrolebias luteoflammulatus

ピートを水に漬けるときに起こりうるトラブルは二つ。一つは大量のベリースライダーの出現で、難種やまだ日本の水に慣れていない種類だと、孵化したのはいいが、九割以上がスライダーということもよくある。そしてもう一つのトラブルは、卵が発眼しているにもかかわらず、水に漬けても一向に稚魚が出てこないケースである。これは人からもらった卵を浸水する場合によく起こることで、導入先の水質と自宅の水質が違いすぎて、稚魚が拒絶反応を起こしているものと察せられる。

スライダーの原因はよく分かっておらず、従ってこれを完璧に防止する対策はないも同然だが、一般に言われているスライダー予防策をいくつか挙げておこう。

  1. 最初は水深は浅くして、5センチを越えないようにする。ただし水深は最初から深くしたほうが結果がいいという人もいて、はっきりしたことは分からない。
  2. 注ぐ水の水温を卵の保管温度より5度以上低くする。これはヨーロッパの愛好家が励行していることで、18度くらいの冷たい水を注ぐようである。現地の気象を察するに、理にかなったやり方であると思われる。現地で稚魚が孵化するときは、暑い暑い乾期が終わって、急激に空が曇って、冷たい雨が大量に空から降ってくるはずだから。とりわけこれはアルゼンチン産のオーストロレビアスの仲間に当てはまることで、20度以上の水で浸水すると総スライダーということも稀ではない。逆に10度くらいの水を入れると、すべて正常に孵化してくる。
  3. ピートを水に漬ける際に、ショップで売っている酸素タブレットを砕いて入れる。実際、乾いた泥に水を注ぐと、信じられないくらいの大量の泡が放出される。生息地で年魚が孵化するときも同様のことが起こっているはずで、それを再現しようというわけである。ただし効果の程はさだかでない。
  4. 上にも述べたように、発眼を確認して2週間くらい時間を置いてから水に漬ける方が結果はよいようである。
  5. 卵の保管温度が高すぎるとスライダーだらけになりやすい。
  6. ピートの量は多い方がよい。これは水に漬けた際の酸素の量が増えることと関係しているように思う。
  7. 最近はピート水で浸水する方法を実践している人が多い。これによってかなり劇的にスライダーを減らすことが出来るようになったようである
10.11:水に漬けても稚魚が出てこなかったら?

これは他人からもらった卵について起こりがちな現象である。またF1やF2であっても、飼育何度の高い種類にもよく起こる。発眼を確認したのに、水に漬けて数日経っても一向に稚魚が出てこないのである。3日くらいしても稚魚が出てこなければ、もう一度ピートを乾かし、そして数日から1週間経ってから再び漬ける。発眼がしっかり確認されていれば、あまり時間を置かないことだ。しかしながら、乾燥させた数日のうちに、発眼を確認したはずの卵が全部消えているということも時々起こる。これはスワローキリーやラコルティといった上級種で起りやすい。

10.12:稚魚の移動

生まれてきた稚魚は数日孵化させた容器でそのまま飼育し、その後別のプラケへ移動するのが普通である。容器を傾けて飼育水ごとプラケへ稚魚を流してしまうのである。残った稚魚は、もう一度容器に水を満たしてから同じやり方で移動するか、スポイトで吸い取る。なお稚魚は尻からではなく頭からスポイトで吸う方がつかまえやすい。稚魚を移動した後のピートは、まだ未発眼の卵が残っているはずなので、採卵したときと同じやり方で再び乾燥させて保管する。そして2週間後くらいにもう一度水に漬ける。

10.13:ピート保管のコツ

上に述べたことも含めて、年魚のピート保管法についてのコツを以下に箇条書きにしておこう。

  1. ピートは事前にボイルする。
  2. ピートをけちらない。大き目の方が保管中の状態が安定する。最低ひとつかみ。
  3. ピートを取り出すときは、まず周囲の底水を丁寧に吸い取る。場合によっては親も移動しておく。ピートの底にたまったゴミは雑菌の温床である。
  4. デリケートな上級種になると、卵を産んでようが産んでまいが、ピートは親が死ぬまでほうっておく方がいい。水槽の中の魚にとってピートをいじられるのは、いわば河川敷工事をされるようなものだ。上級種にとっては致命的になることが多い。
  5. ピートの湿度は腐葉土を目安に。クワガタ幼虫の飼育のために売っている「発酵済み微粒子マット」など、理想的な湿度である。
  6. ピートの湿度よりも通気に気をつけて。ビニール袋で保管する前に必ずほぐしておく。また定期的に袋をあけてチェックするのも酸素補給によい。
  7. 湿度が多いと発眼が早くなり、乾いていると遅い。また通気がよいと発眼は早く、悪いと遅い。
  8. あまり過剰に発眼が早い場合、スライダーだらけになる。ピート保管の温度は「やや低め、発眼は遅い目」を目安にしよう。あまり高温でピートを保管すると、あっという間に卵の中の稚魚が消耗してしまい、いわゆる「賞味期間」が短くなりやすい。
  9. 発眼してから(発生した目の周りに金色の輪が出来て卵が黒ずんできてから)、10日くらい待って水につける方がいい。水につけるのは早目より遅い目を目処に。
  10. 上級種にありがちなことだが、卵が少ない場合、発眼の確認に苦労する。こうした場合、まず最初に出来るだけピートをほじくって卵をかき集め、それを小さなビニール袋に少量のピートとともに入れ、そのビニール袋をさらに残りの大

    発眼したメガレビアス属の卵

    量のピートでもって包んで、大き目のビニール袋で保管する。小さなビニール袋の口は開けておく。小さなビニール袋の中の卵を定期的に確認し、それらが発眼していれば、残りの大量のピートとともに水につける(残りのピートの中にも卵がある可能性があるので)。もちろんまだ発眼していない卵が残っている可能性があるので、いったん水につけたピートは再乾燥して2週間から1ヶ月おきに水に漬ける。上級種の場合、こうやって水に漬ける毎に、一回目は1匹だけ、2週間後に1匹正常と4匹スライダー、さらに2週間後に1匹が出てくるという有様で、かろうじて1ペアがとれて代がつなげるということが頻繁に起る。
  11. 種類によっては、卵が非常に確認しにくい場合がある(卵に微毛が生えていてそこにピートのかけらがくっつくせいで、ピートのかけらにしか見えないなど)。また発眼にまで非常に時間がかかったり、もともと発眼にばらつきのある種類もある。こうした種類の場合も、上の10)で述べたやり方が有効だ。場合によっては、2ヶ月くらい経ったら、発眼の確認もなしに、ひたすら1ヶ月に一度水につけては再乾燥するくらいのことをしてもよい。
  12. アフィオセミオンの場合と違って、年魚の稚魚は飢えに弱い。3日餌を抜けば保証の限りではない。海外出張といった長期間の留守、あるいは年度末の超多忙といったことが予め分っているなら、その期間に稚魚が生まれないように、発眼の時期をコントロールしたい。ベテランになると巧みに低温保管(20度弱程度)を利用して、保管期間を引き延ばし、「多忙期間」と「稚魚孵化」が重ならないように工夫するようである。つまり稚魚が生まれてきても十分に世話が出来る目処がついた段階で保管温度を上げて、卵の発生を促すのである。
  13. 雄が多数になってしまったラコビー水槽

    アフィオについても言えるが、稚魚を嬉しがって大量に孵化させない。20匹以上も稚魚が出たら、よほど丁寧なケアできるならともかく、成長が遅くなり、餌をやりすぎ、結局水を悪化させて全滅させてしまうのがおちである。二匹しか出なかった稚魚ならまず確実に成魚に出来るが、30匹も稚魚が出てきたら必ずトラブルが起きる。よく「万が一の保険に」と言って大量に稚魚を孵化させようとする人がいるが、これは逆効果だ。例えば性比の偏りについても、よく言われることだが、二匹しか孵化しなかった場合は不思議にペアになってくれる確率が非常に高いのに対して、100匹孵化した場合は全部がオスとか全部がメスとかとんでもない結果になることが多い。

9.アフィオセミオンの繁殖について | 11.稚魚の育成