ドイツ卵目愛好家訪問記 (1)


ドイツ卵目愛好家訪問記 (1)

岡田 暁生

  二〇〇二年十一月十二日から二十日まで、大学の公費でドイツへ調査旅行する機会を得た。 ミュンヘンは一九八八年から一九九〇年まで留学していた思い出の街。 あの頃は幸か不幸かメダカのことなど何も知らなかったが(だから研究に励むことが出来たのだけれど)、 すっかり卵目狂と化した今、このチャンスをメダカに流用しない手はない。 以前からメールや卵交換等で多少交流のあったミュンヘン近郊在住のDKGのメンバーと予めコンタクトをとり、 週末はメダカ三昧を決め込むことにした。実際ドイツでは週末にはほとんどの公共機関が休みになり、 また祝祭日の店舗等の営業も法律で禁止されている(!)ため、土曜と日曜は「人と会って遊ぶ」 くらいしかすることがなくなってしまうのだ。十三日(水)から十五日(金)まで朝九時から 夜の八時まで国立図書館に閉じこもって、食事の時間も惜しんでひたすら労働労働。 すべては週末のメダカのためだ。

そして待ちに待った十六日の土曜日!まず午前中、前もってイエローブックであたりをつけておいたショップを訪れる。 一歩足を踏み入れて息を飲む。店の広さは市ヶ谷の1階のおよそ三分の二ほどか。決して広くはない。
しかし入り口付近には二メートル近い海水魚水槽や、無脊椎水槽、水草水槽、高さが二メートル以上は あろうかという巨大なアクアテラが所狭しと陳列されている。

すべての水槽がとにかくデカイ!いわば「家具」の感覚である。そしてPH、酸素、CO2が自動コントロールされている (いわゆるベルリン・システムというやつか?)。しかし一般に日本でドイツ式アクアリウムがそう思われているような、 すべてデータで厳密に管理されている機械的で冷たい印象はまったくない。

他にも無数に並んだ無脊椎、海水、そして一般熱帯魚水槽のどれもが、抜群のコンディションを誇っている。 日本のショップのような「魚の一時滞在用ビジネスホテル」という印象は皆無。すべての魚がその水槽に馴染みきって、 抜群の色を出している。いわゆる「買い込んだ」色を、ショップにいるうちに既に出しているのだ。


■ どの水槽もとにかく大きい!

あれだけ色を出しているハニーグラミーやラミーノーズテトラなど、日本のショップでお目にかかることはまずないだろう。それもそのはず。すべての水槽は水草が生い茂り、正面を除いた三面に黒い発泡スチロール(?)の覆いが貼られて、いかにも魚が落ち着けるようになっている。そして水の色が日本のショップとは微妙に違っている。水道から汲みたてのカキーンとした無菌培養の透明さではない。もう少し熟れた、しかし粘ったりはしない、さらさらした感じを失わない透明さだ。あえて一番近いものを挙げるとすれば、庭にほうりっ放しにしてあったバケツにいつの間にか落ち葉と雨水が溜まって、シーンと静まり返っているような、ああいう水である。強いエアレーションがしてある水槽もあるのだが、にもかかわらず水が動いているというかんじがしないのだ。後にも述べるように、以後、こちらでは行く先々でこの水にお目にかかることになる。


■ 桁外れに充実した無脊椎コーナー

■ 無脊椎水槽の一つ。

店員に尋ねたところ、すべての水槽は中央集中システムで管理されているとのこと。余程巨大なタンクを使っていると思われるが、恐らく日本のショップほど水を次々に換えていないのだろう。実際コケがうっすら生えている水槽も多く、じっくりと使い込んだナベを思い出させる。見た目の清潔感よりも、徹頭徹尾水槽と水の両方が「熟している」ことを最優先しているという印象。そうそう!日本でも一軒だけ、同じ色の水をしているショップがあったのを思い出した。銀座松坂屋である。皆さんも是非ご覧あれ!いずれにせよ、ドイツが職人の国であることを改めて思い出した次第。手作りの勘のようなものを何よりも大切にしてすべての水槽を管理しているという印象を受けた。そこにあのドイツ人独特の理詰めの厳密な数字的管理が加わるのだから!ドイツが世界最先端の飼育技術を誇っているのもむべなるかなである。


■ 超小型魚専用の水槽棚

この店の水槽でとりわけ私の目を引いたのは、あまり目立たない隅に置かれた、まるで小さな衣装棚のような水槽セットである。ランチュウ水槽のような高さのない平たい水槽を小部屋にセパレートしている(ドイツの水槽はショップも愛好家のそれも、どれも高さが低く、その代わりに奥行きをたっぷりとっているのが印象的だ)。セパレーターの上部に小さな穴が無数に開いていて、水が互いに行き来できるようになっているのだが、一つの小部屋がおよそ巾12×奥30×高10くらいだろうか。

どの小部屋にも厚めに砂が敷いてあり、小さなエキノドルス等が植えられ、流木が配置されている。ワイルドベタがここに収められているのだ。フルカラーを出したベタ・インペリスがここの住人。文字通り宝石箱のような水槽棚だった。こんな水槽棚に卵目を飼えたら・・と思わずにはいられなかった。と同時に「魚にとっての住環境はベストだけど、こんなに水草が茂っていては、魚がすくえないのでは?」という疑問が湧いてきたので、店員に尋ねてみた。「うーん、確かにすくうのは難しいよ・・でも出来るよ」との返事。「どうせ商品だし、すくうのが簡単だから」とベアタンクにしたりはしないのがドイツ式だ。


■ 水草とベタ・インベリス。巾12センチで高さが10センチほど。信じられないくらい小さな水槽も、きれいにセッティングされてある。

■ 上部から。セパレーターで仕切られており、すべて中央管理システム

もう一つ、この店で非常に印象に残ったもの。それは生き餌/冷凍餌の販売ケース(もちろん冷蔵/冷凍)である。 まず生き餌の棚。ミジンコ、白ボウフラ、黒ボウフラ、赤虫、水ミミズのようなもの(イトメではない)、ブラインシュリンプ幼生、ブラインシュリンプ成体、ヨコエビ、アミ(細いエビ)、川エビ!!これらすべてが、小さなパッケージに入れて売られている!おまけにタンパク質と水分と脂肪とカルシウムの各々の含有量まで表示されているのだから、空いた口がふさがらない。そして冷凍コーナーには、これらに加えて、冷凍の小魚、赤プランクトン・ミックス、緑プランクトン・ミックス等々。


■ 驚異の生き餌コーナー

■ 生き白ボウフラのパック。タンパク質と水分と脂肪分の含有量が表示されているうえ、「黒ボウフラに比べてやや堅いので、その噛み応えに魚が夢中になります。カルシウムの補給に最高」なんて効能まで書いてある。ほとんど犬や猫のフード並。

一週間の留守の間、色々不自由をかけているだろう自宅のメダカたちへのお土産に、思わずこれらを大量に買い込みたくなったほどである。

この店に何時間いただろう?気づけば二時。閉店時間(!)だ。ドイツでは土曜の午後(そして日曜全日)は法律ですべての店舗が営業禁止されているのである。午前中に買い物をすませたら、あとはめいめいが思い思いに遊べということだろうか。


■ シュタルンベルク湖のほとり。みんな何をするわけでなく、のんびり散歩している。

市電で郊外に四〇分ほど行ったところにあるシュタルンベルク湖(有名なルードヴィッヒ二世が入水自殺した湖)へ行って、湖畔でしばしぼーっとする。無数の水鳥の鳴き声だけが聞こえる静かな時の流れ。目に見えるものは湖と森のみ。「あの圧倒的な飼育技術の背後には、必ずやこうした雄大で静けさに満ちた自然への敬愛の念があるに違いない・・」などと漠然と考える。