ドイツ卵目愛好家訪問記 (2)

岡田 暁生


さて、気がつけばもう四時すぎ。そろそろDKGの人と会いに出かけねばならない。今晩会うのは、アフィオセミオンのエレガンス系をやっている二人(いわゆるエレガンス研究グループ)。ディルク・ウーデ氏とアクセル・シュヴェケンディエク氏である。ディルクはDKGの会計係、アクセルは第二秘書。「お偉いさん」だ。予定では、ディルクの住むカウフェリングという小さな町の駅で待ち合わせ、シュトゥットガルトから合流する予定のアクセルとともに、ディルクの自宅を訪問することになっている。駅を降りたら、すぐに二人が迎えに来てくれた。
ディルクは年の頃四五くらいか。小太りでがっちりした典型的なドイツ人の体型だ。早口でバイエルン訛り(何を言っているのかよく分からない)を話す庶民的な「おっちゃん」という感じの人。六歳の子供を連れてやってきた。ドイツの有名な電気会社ジーメンスに勤めているらしい。対するアクセルは細身で長身の、なかなかハンサムなインテリ青年といったかんじの人。年は三五才くらいか。シュトゥットガルトの農業大学の先生だ。非常に礼儀正しく朗らかで社交的な人。アクセルの高級タイプのアウディに乗せてもらって、ディルク のホンダの後を追う。

 今の六〇センチ水槽を悠然と泳ぐクリスティ。素晴らしい色を出していた。

森の中を走る道を、二〇分ばかり百キロでぶっ飛ばす。それにしてもドイツは本当に森が多い。というか都市から一歩外に出れば広大な森が広がっていて、家が森の中に点在しているというかんじ。そして何より静かだ。ドイツ人の飼育技術の繊細さは、こうした彼らの生活環境とどこかで深くつながっているに違いないと、またしても実感する。
ディルクの家はログハウスのような大きな(ドイツの家はたいがいどれも大きいが)一軒家。彼はこのところほとんど十一時帰宅の激忙ぶりらしく、また近々ミュンヘンに引っ越すということで、ただいま飼育魚は縮小中だとのこと。居間には六〇センチ水槽が三つ置かれているが、魚が泳いでいるのは一つだけ。アフィオセミオン・クリスティのペアがゆったりと泳ぐ、砂を敷いた六〇センチ水槽(止水)だ。それにしても唖然とするような美しい色。そして静けさ。稚魚が何匹か泳いでいた。

 温室を入ったところに置いてあるプロカトーパスの繁殖水槽。
平気で砂を入れている。これは九〇センチ水槽。

ディルクに限らず、ドイツの愛好家は、気分次第では卵目の繁殖水槽にも砂を敷いて水草を植えている(上にも書いたが、ショップのワイルドベタもそんな水槽に飼われていたが)。「綺麗だなあ・・でも・・?ひょっとしてこれだけ??」 − とんでもない。ディルクが無造作に水槽の脇の扉を開ける。地下室に通じている真っ暗な階段を下りていったところに、彼のメインの温室があった。広さは八畳強くらいだろうか。あまりの水槽の多さに、正確なことは覚えていないが、一二〇センチ水槽が5本くらい
   メダカ好きが二人集まればどこでも繰り広げられる光景。すくっているのがディルク、長身の青年がアクセル。
六〇センチ水槽が十本くらいあっただろうか。他は二〇〜三〇リットルの繁殖用水槽が多数。なるほど「最近世話を全然していない」というだけあって、床は散らかり放題。綺麗好きのドイツ人にしては珍しい。水が半分くらいに減っている水槽も多いし、魚の種類も多くはない。しかしどの水槽も − 少なくとも私の目にはそう見えた − 素晴らしい調子である。またしても例の水の色だ。 塵一つなく、しーんと落ち着いて、物音一つしないような水。やや熟しているけれど、粘ってはいない水。何よりウィローモスにコケ一つ絡んでおらず、美しく伸びきっている。状態のいい卵生メダカ水槽の特徴だ。プロカトーパス・アベランス、アフィオセミオン・sp・オヨ、アフィオセミオン・アモイナム、アフィオセミオン・sp・エポウマ、アフィオセミオン・チャウチャイなどが住人である。確かに世話をしていないというだけあって、全員やせ気味。しかしどれもヒレを美しくのばし、色も出きっている。そしてどの水槽にも稚魚が勝手に湧いている・・。
予め約束が出来ていたようで、アクセルが水槽の中の魚をすくっていく。温室があって卵目愛好家が二人いれば、どこでも(日本でもドイツでも)お目にかかる光景だ。ただし日本とは違ったことが二つ。まずアクセルは、すくった魚をポリ袋に入れたりせず、大きなマヨネーズ瓶のようなもの(1.5リットルはあるだろう)に入れていた。そしてもう一つの違い。この日アクセルがすくっていった魚の中には、文字通り現地採集の、未記載(新発見種)のペアがいた。

  アフィオセミオン・sp. エポウマ。やせているが素晴らしい色だ。

何でもミュンヘン大学の生物地政学(?)の調査チームがコンゴに行った折に採集して、ディルクに預けた魚だとか(コンゴは政情不安定で正式の学術調査以外の採集はまず不可能らしい)。Sp.オヨに似た、非常に美しいエレガンス系の魚である。私自身、本当のホンモノのワイ ルド新種というものを初めて目にしたこともあって、魚の背後からオーラが発しているような気がした程の美しさだった

正真正銘のエレガンス系ワイルドsp。ものすごい色をしていた。
日本ならこんな風景は想像も出来ないだろう。世界に今の所一つしかいないペアを平気で他人に譲渡するなぞ・・。だがディルクもアクセルも淡々としたものである。「マニア」にありがちな、目が血走ったところ、物欲のようなものが、まるでないのである。「メダカは自分のものではなくて天からの授かり物」と言うべきか。「たった一つしか手元にない大切な魚であればこそ、自分が責任もって管理できないなら、信頼できる人に渡すのが当然」 ― そういったモラルが、当たり前のように当地の卵目愛好家に浸透していることを思い知らされた。

 ディルクの繁殖水槽いろいろ。水量はおよそ二〇〜三〇リットル。ウールモップを産卵床にしているものもあった。

 一二〇センチの群泳水槽で無心にアフィオすくいに興じるディルクのご子息。

ディルクの繁殖水槽は、写真を見ればお分かりのように、様々である。ある水槽には砂が敷かれて水草が植えてある。ある水槽には巨大なウィローモスが生い茂り、ある水槽にはピートだけ。ある水槽はピートとろ過ウールが産卵床にしてある。八リットルプラケに、皿に入れたピートが置いてあるだけのものもある。別に種類ごとに使い分けているわけでもないらしい。そして水は水道水とROが1:3くらいのものを、巨大なドラム缶に入れている。水換えは一週間から二週間に半分。日本ではアフィオ=古水のイメージもあるが、案の定と言うべきか、かなり頻繁に水を新しくしている。彼いわく「増えすぎても面倒なので、基本的に稚魚がかなり大きくなるまでほったらかし、何もしない、それでもたいがいは最低でも数ペアはとれる、五〇とか一〇〇とか稚魚が出てきた場合のみ別水槽に稚魚を入れている」とのこと。上にも書いたが、ディルクの繁殖水槽は二〇〜三〇リットルが基本だ。日本で言えばMかL水槽か。ただし違いが一つ。これまた既に書いたが、水槽の高さはごく低くて、二〇センチくらい。その代わりに底面積(特に奥行き)を大きくとっている。これはオスとメスの喧嘩防止や稚魚が親に食われる確率を減らす上で絶大な効果があると見た。実際アフィオはあまり上下に動く魚ではないし、水槽の高さがあっても意味がなかろう。このあたり、意味のないことはやらないというドイツ式合理主義的考え方なのだろう。
アクセルが魚を一通りすくい終わって、夕食の時間になる。奥さんが先に引っ越し先に行ってしまっているディルクは、ただいま子連れやもめ暮らしらしい(温室を見ている途中にご子息から、「ねえねえオジサン、僕の部屋にも魚がいるよ、見に来ない?」と強制され、泣く泣く子供部屋へ行くハメに・・でも六〇センチのきれいにセットされた水槽でプラティが気持ちよさそうに泳いでいた − きっとお父さんが子供用にセットしたのだろう)。一二〇センチ水槽で泳いでいるアフィオを無心にすくってはメダカ遊び(?)に興じているご子息に、ディルクが「こら、おもちゃじゃないぞ」と一声かけて再び居間へ。