ドイツ卵目愛好家訪問記 (3)

岡田 暁生


彼がスパゲッティか何かを作ってくれている間、アクセルと色々な話をする。まずはNさんからの贈り物のディアプテロンの卵をとても喜んでもらえた。Nさんの飼育魚リストも渡すが、非常に興味深そう。「ディアプテロンが全種いるじゃない!」と声をあげる。僕が「この人(=Nさん)はアタマオカシイ(=クレイジー)から」と言うと、「ふんふん」と真面目そうな顔で何度もうなずく。ドイツでもやはりダイアプテロンは、カメロネンセ・グループと並ぶ難魚だそうで、まとめてキープしている人は非常に少ないと言っていた。以下色々なメダカよもやま話。「ドイツでも新種がどんどん導入されるけれど、代わりに次々に以前導入された魚が消えていく」、「イタリアとかフランスとかポルトガルとか国ごとに流通している魚種も違うし、お互いにコンタクトを深めたいのだが、どうしても言葉が壁になってしまってあまり国同士のコンタクトがない」 − DKGでさえそうなんだ・・と変に安心する。今年のDKGのコンペの落札価格入りのリストというものも見せてもらう。総じて十ユーロ前後。アフィオセミオン・ジョーゲンシェーリですら十八ユーロだから、その安さがうかがえるだろう。ただしところどころに二〇ないし三〇ユーロ以上の価格がついているものがある

■  繁殖水槽の一つ。水の独特の透明感をお分かりいただけるだろうか。

   引越し前であまり魚はいなかったが、ここにも一二〇センチ水槽が何本も置いてある

ちなみに今年のDKGのコンペで一番高値で売れたのが、アクセルが出品したアフィオセミオン・ポッリCI001のZuchtgruppe(ツフトグルッペ=幼魚)だそうで、一一〇ユーロの値がついたらしい。何を隠そう・・・これを購入したのは私である。「残念ながら親は夏の暑さで死なせてしまったが、友達のところで一杯増えているみたいだ」と言ったら、とても嬉しそうな顔をしてくれた。 バイエルン訛りで聞き取り難いディルクと違って、アクセルは非常に分かりやすい標準ドイツ語を話してくれるので有難い。質問攻めにする。 −「コンペの採点基準は?」 − 「えーっと、十ポイントあるんだが、ちょっと忘れてしまった・・。とにかくお買い得は、成魚部門で高得点をとる魚じゃなくて(だって産卵の盛りをすぎているから)、Zuchtgruppeだよ、それに高値がつくのは実はこっちの幼魚部門の方だし」。−「どんなケースを使っている?」 − 「本当は1メートル水槽を使いたいけど(絶句・・)、家にスペースがないので(うそ・・)六〇センチ水槽に砂を敷いて、山のように水草を入れて、増えた魚を三〇匹くらい入れている、二〇匹以上いるときは最低限六〇センチじゃなきゃ、すぐにだめになったり、ヒレがのびなかったりする」。
特に興味深かったのは、採卵方法およびPHについてのアクセルの意見。アクセルの採卵方法は、まずグループのうち一番状態のいいメスを二・三リットルのプラケにモップと一緒に入れておく→金曜か土曜の晩にそこに、同じく状態のいいオスを一晩だけ同居させ、出来るだけ温室の暗くて静かなところにそのプラケを置く→翌日オスとモップを取り出して、オスは元の群泳水槽に戻し、モップから卵をとって、湿らせたピートに置き換え、モップは再びメスのいる小プラケへ戻す→年魚とまったく同じ方法でピートを保管して、三週間を目処に五〇〇mmlの容器にピートを入れて水を注ぐとのこと。この「金曜の一夜の燃える恋」方式で、アクセルによれば、たいがいの魚が最低五〇の卵がとれ、二晩もいちゃつかせれば百以上とれることも稀ではないとのことであった。とにかく繁殖水槽には常時メスとモップがあるそうである。
PHについてのアクセルの意見はきわめて過激。「PHなんか何の関係もない!」。彼の住んでいる地域はGHが35、PHが8.5という無茶苦茶な水質らしく(「コーヒーはおいしいけれど」だそうです)、すべての水槽の水換えはRO水をそのまま注入という大胆なもの。「それじゃあPHが不安定にならないか?」と尋ねたところ、涼しい顔で「もちろん不安定になるよ、ある水槽はPH3.5だし、別の水槽はPH7.5になっているから」。しかしアクセルいわく、例えば同じロロフィアがどちらの水槽でも何の問題もなく増えているとのこと。つまりPH3.5の水槽は水を換えると腕が痒くなるほどの酸性(!)だが、ロロフィアはとても機嫌がいい。そして同じ種類のロロフィアがPH7.5の水槽でも問題なく増えている、と。しかも性比の偏りもどちらもまったくない。彼いわく、「よく性比の偏りをPHやGHのせいにする人がいるが、自分はまったく別問題だと思う、つまり性比が偏るのは魚が何らかのストレスを感じているときではないか?PH3.5でも7.5でもまったく性比がなかった種類が、飼育を雑にした途端にオスだらけになったりメスだらけになったりするということが、これまで何度もあった」とのことであった。アクセルいわく、「PHよりGHより大切なことは、魚に十分なスペースがあり、水が清潔で、いい餌を色々あげること、それがすべて」。改めてメダカ飼育の基本の大切さを思い出した次第である。
RO水飼育についてのアクセルの興味深い(大胆な)見解をもう一つ。彼は他からもらってきた魚はいつも、まったく水あわせせずに自分のところのRO軟水に入れているが、一度も死なせたことはない、ただし − 硬度が高い水から超軟水に移動させることには何の問題もないが − 逆(超軟水→硬度の高い水)は慎重にしないとトラブルになることがあるとのことであった。 水換えペースに関してのアクセルの考え方も、きわめて説得力のあるものだった。まず六〇センチの群泳水槽に関しては、フィルターがよく効いていて、過密飼育ではなくて、水草が育っているならという条件つきだが、数ヶ月水換えはしない、と。それに対して繁殖用のメス(+モップ)がいる数リットルのプラケ水槽は、当然ながら週一回か二回、全部の水を換える。数ヶ月放置の六〇センチ水槽では、ある種類は定期的に稚魚が生まれてくるが、ある種類では全然稚魚がとれない。それに対して頻繁に水を換えているメスのいるプラケ水槽では無数の卵がとれる。だから、恐らくは古水より新水の方が産卵にはよいのではないかというのが、彼の意見である。なお稚魚は五〇〇mmlのプラケにいることもあり、数ヶ月は毎日全部の水を換え、その後、いきなり四〇センチから六〇センチの大水槽に移し、それ以後はあまり水を換えないとのことだった。
もっともっと一晩中でも話したかったが、アクセルはこれから二時間かけてシュトゥットガルトに戻らなければならないし、ディルクは昼間にアマチュアのハンドボール・クラブの試合があってややお疲れ気味。来年の五月のDKGでの再会を約束して失礼する。それにしてもディルクも、平日五日間猛烈に働いた後、週末はハンドボールとメダカ三昧。そして森に囲まれた大きなログハウスと広々したメダカの地下温室。豊かな生活だなあ・・。森の中の照明一つない真っ暗な道 − まるでシューベルトの『魔王』の世界そのままだ − を、再びアクセルがアウディを一五〇キロでぶっとばして無人駅まで送ってくれる。黒い神秘的な森、怖いくらい静かな夜、そこを時折疾走するアウディやBMWやポルシェやメルセデス − 無人駅でミュンヘン行きの列車を待つ三〇分ばかり、肌を突き刺すような寒風に吹かれながらも、心の中では先ほど見た美しいメダカたちの幻影が舞い踊り、またディルクやアクセルとの楽しい会話が思い出され、それらがさながらクリスマスの夜の暖炉の炎のように心に灯りをともしてくれた。